2020年1月26日 (日曜日)

パターン分析よりもこころを学ぶ

仕事も暮らしも、現代は科学技術の進歩によって様々な判断に人工知能(AI)が介入する遷移期にある。人間がこれまで担っていた煩雑な判断をAIの力を借りて省力化する。人間はもっと人間的なことに注力すれば良い、と推進派は言う。
ノスタルジーのようなものかもしれない。物事の本質を理解しないまま判断をAIや機械のアルゴリズムに任せてしまうのは、人の能力を退化させてしまうのでは、人間に空洞化が起こるのではないか、と思う。
ずいぶん昔に禁煙をしたので、今ではライターは花火の時しか使わない。火を起こすことがなくても暮らしは成り立っている。ガスの着火はスイッチを押すだけで簡単だ。しかし、江戸時代は火打ち石を使い、さらに昔は木を擦り合わせて行なっていた。これを人間の能力の空洞化と呼ぶかどうかは極端な話かもしれない。
小学生の時に、縄文の火起こしを再現する自由研究をしたことがあり、縄文人に敗北して人間の能力の凄さを思い知った経験がある。電子ライターができた頃だから、他の子どもには一笑に付されたかもしれない。でもそれを経験したことによって、火への畏敬を感じることができた。
AIはデータを学習してそのパターンを学ぶ。しかし、背後の哲学を理解するのは人間の役割だ。省力化するのは良いが、哲学は学ぶ必要がある。火起こしの自由研究のような学び方が必ずしも有効とは限らないが、好奇心や先人への憧憬を持ってこれを補う。

Img_20200126193403

| | コメント (0)

2020年1月19日 (日曜日)

鳥のさえずりに想う

朝早く目覚めて自然の空気を今日こそは吸いたいと思い、顔を水で洗ってあてもなく出かけた。
ひとまず都会から離れる方向の電車に乗り込み、終点まで揺られること1時間。南栗橋駅に降り立って香取神社にまずは参拝。鳥の声を感じながら朝日の中を歩く。空気は冷たく澄み、冬の田の間を様々な野鳥が鳴き、飛んでいく。少し電車で来ただけで、鳥の種類は大きく増える。
自然の中を歩いていると、様々な事象を記録したくなる。これはと思う風景に立ち止まればスマホで写真を撮り、長い直線を歩けばポータブルレンズで動画が撮れたら良いのにと思う。野鳥は望遠一眼レフで撮影したいし、さえずりを録音して声を分析してみたくも思う。技術が進んだ現在ではそれらに対応するガジェットが発売されていて、あれもこれも欲しい。ただ、この自然の中に来ることができるのが年に数えるほどしか無いことに気がつくのである。
禅の世界では、座っている時によぎる考えを傍らで眺めながら呼吸に集中する。観察瞑想という。自然の中を歩いたり、コンサートホールで音楽を聞いたりすると、様々な考えが頭をよぎる。香りや鳴き声に想起されてぽっと浮かんだ想いは、何も記録せずに歩けばいつしか無意識の中に忘れ去られていく。
しかし自分は記録魔だ。スマホのメモ帳に文字で簡単な筆記を残しておく。こうして溜まった想起メモを後で読み返すと、自分の中の大切なものが見えてくる。今朝は良い朝だった。

 

Img_20200119133007

| | コメント (0)

2020年1月18日 (土曜日)

糸電話

ドーパミンが分泌しやすい脳なのか、いつも奮起して鼻息が荒くなる。でも一晩二晩布団で寝るとその気概を忘れている。600字ブログに関してもそうだった。言い訳をすれば、普段の生活の中で接する人達の人間描写を盗撮するのがためらわれて、筆を取るという行動ができずにいたことが原因だ。
さて、今日のお題は「職場の孤独」である。新しいチームのキックオフが立ち上がったりして、環境の変化への期待に胸ときめいていたのだが、初めてのキックオフが社内SNSの操作法練習会になってしまい萎えてしまった。同じ島のデスクで黙々とSNSをやるのなら、むしろ糸電話で「もしもし、聞こえねー」とやった方が面白い。テクノロジーは人を孤独にするのだ。インターネットしかり。顔が見えないと、相手がメールの山にテンパっている時かもしれないので、雑談メールを入れるのも躊躇してしまう。もし向こうがミーティング中であれば、返信が返ってくるのは何時間か先になる。
そこで、昭和なコミュニケーションを導入してみることにした。発起飲み会である。若い人は面倒と捉えるかもしれないが、おっさんの接待と捉えられないように、街の風情を感じられるお店を探してみる。業務は会社で進行中でも、暮らしは街の中で営まれる。職場と家庭の間にあるサードプレイスを共有する。職場や家庭で孤独を感じたとしても、サードプレイスで糸電話をすれば、すこし自分に血が通うのではと思う。

 

Img_20200119133805

| | コメント (0)

2020年1月13日 (月曜日)

新しいコラムの連載開始

ブログの書き方を少し変えてみることにしました。文字数を約600字とし、丁寧にコラムっぽく執筆してみます。ただ書き捨てていくだけでなく、文章力を付けるためのトレーニングも兼ねてみようかと奮起しました。
年末から正月にかけて、ふと自分のこれまでを振り返ってみると、色々な事に熱中して打ち込んで来たなと。ただ裏を返せば、一つごとを長きにわたって継続できたわけでもないかなと。その中で続けてきたもの、それは日記・ブログです。ライフログを続けてきました。
600字のコラムで文筆業みたいなものをなんとなくやってみて、その上でこれまでに断片を書いてきたような自分の世界感を表現できるようになりたいと思います。
あまり習慣的に読んでいるコラムは決まっていないのですが、手の届く範囲で、ほぼ日の「今日のダーリン」、朝日新聞の「天声人語」、日本経済新聞の「春秋」「食あれば楽あり」は、意識して目を通そう。
今はインターネットで万人がコラムを発信できる時代。ブログ上でコラムを続けても、それが将来の副業に結びつくかどうか極めて怪しいけれど、人間が表現するコンテンツを読み手が読みやすいように工夫することは、物書きにとって大事なことではないかと思うわけです。
さて、今日から意識しながら書くこのコラムに名前を付けようとして、はたと手が止まってしまいました。毎日書くわけではないので、今日の○○は違うなぁ。おっと、これで600字。

 

Img_20200113232829

| | コメント (0)

2020年1月11日 (土曜日)

相田みつを美術館を再訪

相田みつを美術館に足を運んで、自分をチューニングしてきました。

「にんげんだもの」「一途にひとつ事」など、ひめくりやカレンダーで心に留めたヒントを、もう一度改めて見直してみたかった。

 

相田みつをは書に生涯を捧げたけど、僕は何を創っているだろう。

これまでに夢見た事の遍歴を自分なりに振り返ってみると、有形・無形の創作も全て、人の心に届く、感動を与える、元気になってもらうモノやコトを目指していたように思う。

 

人生100年が標榜され、70歳でも働こうとする人がクローズアップされる現在。

経済から一歩離れて、人間の生き方を見つめ直すことも、捨ててはいけない。

| | コメント (0)

2020年1月 4日 (土曜日)

2020年の抱負

2019年を振り返ると、家庭では家族の健康の重用性が再認識され、仕事では環境の変化が起きた年でありました。また、友人・親族にもその人に状況の変化が起きて、付き合いのスタンスに変化が生じました。

年越しの段階ではこれらの変化をまだ包容できておらず、なんだかついていけないなぁという具合です。なんとか1年を乗り切って、ようやく年末の酒を飲んでホッとしたという所。

 

2020年の抱負ですが、家内のアドバイスでは来年はゼロの位置・0時の真夜中なので、新しいことをバリバリ始めるのにはまだ早い年ではないかとのこと。

それを聞いて、改めて家内安全を初詣で祈願して参りました。

 

やはり、しんどいけど今の状況のまま頑張るしかない。

テニス・旅行・節酒などをうまく行なって、メンタルバランスを保つしかないな。アスリートの心理学の本も、ちゃんと読み込もう。

| | コメント (0)

2019年12月30日 (月曜日)

竹原ピストルのライブを聴いてきました

竹原ピストルのライブ「It's my life」を聴いてきました。

CDを聴いたことはあったけど、ライブは初めてです。「おーいそこの若いの」以来のにわかのファンなんですよね。

ギター一本で弾き語りというイメージを持っていたのですが、ああこの人はギター弾きというよりも「歌唄い」なんだなと。2時間半ぶっ通しでダミ声を轟かすスタミナは、リングに上がったボクサーみたいで、こちらが倒れるまで歌い続けそうな感じでした。

会場のスタジアムが広くて、にわかの僕のような客も多く、ライブハウスの箱のような熱っぽさはすこしなかったかもしれないけど、熱くグッと来る歌をたくさん聴きました。

アンコールに応えてくれた時、10年前に解散した野狐禅(やっこぜん)のキーボード:ハマノヒロチカが登場して、一曲披露してくれました。古いファンにはたまらなかっただろうと思います。

| | コメント (0)

2019年12月23日 (月曜日)

映画 Climate Warriors-気候戦士

映画「Climate Warriors - 気候戦士」を観てきた。カール・A・フェヒナーの監督作品で、世界の環境活動家たちの姿を追っている。環境活動家と言っても、過激な人というよりも、意見を主張する草の根の市民。

映画を通じて、中高生に訴えかける構成となっていたように思う。COP25も終了した頃に観たせいか、映画館はガラガラだった。

再生可能エネルギーへの転換を強く勧めている。

欧州では大勢が見ているのだろうか?渋谷の映画館には観客がほとんどいなかった。

戦士というスタンスに、日常の暮らしと温度差があるのだろうか?

 

なんだか、気候正義を政治や金で握り潰したような後味の悪さが残る、誰もいない映画館だった。おそらくスポンサーが付かないところに、問題があるのだろう。

企業もClimate Warriorsにならなくてはいけない時代が来る。

| | コメント (0)

2019年12月15日 (日曜日)

ルポ保健室 / 秋山千佳 (朝日新聞出版)

副題には、子どもの貧困・虐待・性のリアル、とある。

学校の教室で居辛くなり不登校になりそうな時、駆け込める場所が保健室だ。このルポルタージュでは保健室の養護教員に密着取材して集めた、子どもの目線での社会問題と養護の現場の話が綴られている。

学校というのは、社会の縮図だ。大人の問題が、より深刻な形で子どもに投影される。

僕が職場で感じる人間関係の一種のプレッシャーも、同様に子どもは学校社会の中で感じている。そして弱い立場の子どもには社会問題がそのまま覆いかぶさってしまう。

 

生々しい話は、この本の中に書いてある。

話を自分の子ども時代に向けよう。

 

僕は小中学校を通じて、保健室にはあまり行かなかった。お腹が痛くなった女子が向かうところだと思っていた。インターネットがなかった当時も陰湿ないじめはあり、その被害者がどう対処したのかは僕は把握していない。

僕の子どもの頃は、メンタルなケアがどういうものかよく分かっていなかった。

しかし、僕には親に甘えるチャンスがあった。甘えさせてもらえなくても、甘えたい意思を否定されなかった。教職員の先生もその内面を汲み取ってくれた。

 

今虐待のニュースを聞くと、子どもが内面が子どものまま生物的に子を持ったケースを想像する。この病んだ社会の中、やはり養護の現場である保健室に目を向けることは、次世代の社会に目を向けるために必要なことなのかもしれない。

| | コメント (0)

ニュージーランドの火山島で噴火

ニュージーランド北部の観光地、火山島のホワイト島で現地時間の12月9日午後2時すぎ、噴火が起き、島とその周辺を訪れていた観光客など47人が巻き込まれた。 

| | コメント (0)

«マンガ 定年後入門 / MUFG資産形成研究所 (日経MOOK)