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2010年5月

2010年5月31日 (月曜日)

お会計の生活習慣病

家計もメタボです。

経理データは溜めました。やはり削るべくは外食代でしょうかね。

まずタバコ代が月9000円浮くはず。

夕食のサラダを自炊すれば、赤字にはならないはずだ・・。

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禁煙週間始まる

今日は国際禁煙デーだそうです。

職場の禁煙マラソンは、今日から七月まで続きます。先週の火曜から断煙しているので、一週間弱はウォームアップしたことになります。

痰の絡んだ咳が、減って来ました。

でもまだニコレットが必要です。朝起きると何かが欠けている。何かをくわえたいとは思わないが、何か足りない。ニコレットを噛んで、ようやく消化管が運動を始めます。

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2010年5月30日 (日曜日)

今朝のフォロー

どうやら今朝は寝ぼけたままブログを書いたらしい。

実家に泊まると、布団とパソコンでしか時間を過ごさないから、こういうことになったようだ。

しかも、かなり飲んだ酒が残っていた。

  

マンションの方、掃除を二週間サボっていたので、帰ったらきれいにしよう。

身の回りをきれいにしないと、新聞・雑誌もたまる。読書も進まない。

  

昨晩はなんだかんだで、かなり焼き鳥をつまんだ。胃が拡張している感じ。

今日の夕飯はサラダ中心に戻さないと。

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眠っても考えは巡る

ほどほどで飲んだ翌朝と言うのは、頭が冴えて、変な夢を見る。

社会科学を勉強する社会人学生として、学生街の安下宿に住んでいる夢を見た。心のどこかで、人生やり直したいと思っているのかも。でも目が覚めて、積読になっている新聞・雑誌・本の事を思い出し、昨日は時間があってもそれを読まなかったよなぁと思い直す。

その道を歩む友人もいるが、僕は自分自身が何をしたいのか分かっていないので、どう相談してよいものやら分からない。社会人も学生も、進路・キャリアについてはそれぞれ常に悩んでいる。今朝の病的なガッツに、僕の体が付いてこれる自信もいまひとつない。

  

ベタに手軽なところで、ツイッターで視野を広げてみることにする。

  

面白そうな職業・ライフスタイルは、非現実的と撥ね退けずに、生活のどこかに取り入れていこう。ただ、時間を掛けることは、別の何かを捨てること。盲信・暴走しがちの無意識と、人間臭い生活の理性との間で、バランスを取る。

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2010年5月28日 (金曜日)

縁がつながる時というのは集中する

書くのが遅れたが、ここ二週間ほど、古い友達と会食する機会を立て続けに持った。懐かしい顔に会うと、思わず笑ってしまうのが楽しい。ケータイの電話帳が復活して、連絡も取れるようになった。

総じて、結婚を意識しない友達関係というのは、いつまでも長く続くようだ。

  

野菜中心の夕食は継続中。先週から2kgくらい落ちたかな。階段を一段飛ばしで登れるようになった。

禁煙三日目。ニコレットに頼り、なんとか続いている。今日、厚生労働省のHPで、「もし禁煙中にタバコを吸ってしまっても、そこで自分を挫折させないようにしましょう」と書いてあったのに励まされた。十年前の禁煙でも、吸って自己嫌悪に陥ることはあった。当時はニコチンガムがなかったからね。朝起きると、ガムで始まる。まだ、朝の空気のうまさが戻っていない。

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2010年5月25日 (火曜日)

禁煙宣言

毎年5月31日は世界禁煙デーで、うちの職場はそれに合わせて、明日から七月上旬までの「禁煙マラソン(長く続けるって意味ね)」の参加者を募集していました。

  

禁煙します。

  

タバコを全部捨てて、ニコレットを用意しました。ニコレット代、うまくいけば補助してもらえそうです・・。現在、断煙8時間。噛んだニコレットは二粒。

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2010年5月19日 (水曜日)

脱メタボ計画

夏に富士登山することになりました。

ここ二週間ほど宴会がぽつぽつ続きますが、ダイエットを決意しました。今のこの体の重さでは、職場の階段でも息が上がってしまいます。

週末の自転車と、サラダのみの夕食に重点を置くことにしました。朝食はしっかり食べます。

今夜はトマトとセロリのサラダを食べました。今、夜10時。お腹が空いて、つい飴玉を口に入れてしまいました。眠れるかな~・・。

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2010年5月17日 (月曜日)

焼き味噌

週末にゆっくり休んだせいか、今朝は少し早く目が覚めたので、ひと手間かけて「焼き味噌」を作ってみた。

麦味噌と豆味噌を1:1で合わせ、ごま油を少量加えて、フライパンの上で練りながら焼き目をつける。レシピ本には、季節により「みょうが焼き味噌」、「根菜焼き味噌」、「紫蘇の実焼き味噌」などが紹介されていたが、持ち合わせがないので、黒ごまを混ぜてみた。

とにかく香ばしい。部屋に食欲をそそる香りが充満する。

100517 焼き目がついたら、ひっくり返す。ごま油はこの量だと、小さじ3杯くらい。

  

焼き味噌は水分が飛んで塩辛いので、保存して少量づつ食べることにした。冷凍保存していた玄米を温めて、少しだけ上に乗せて頂く。

最近の定番の朝食は、ハムエッグと納豆、インスタントみそ汁(あさげ)に乾燥カットわかめを加えた汁を加えて頂いている。

100517_2朝飯。トマトを切らしていたので、出勤途中に野菜ジュースを買うつもりだ。

  

さて、一週間スタート!

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2010年5月16日 (日曜日)

東京にうずもれる

内モンゴル植樹ツアーから帰国し、仕事が始まって一週間経ったわけだが、烏雲の森で体験し、感じた感覚が薄らいでいくのを感じる。写真は手元にあり、当時の事は鮮明に覚えているのだが、写真は撮った瞬間から過去になってしまう。

社会人は起きている時間の大半を仕事に使っている。その仕事が地球環境に貢献できる仕事になるよう、努力したいと思う。

「一隅を照らす」という言葉がある。一人一人の力は些細なものだが、それぞれがひと隅に明かりを灯していこう、万人が灯せばそれは大きな力になるという言葉だ。

プライベートで学ぶことは大事だ。そこでの気付きを仕事に活かせて行けたら、一隅を照らすことになるのではないかと思う。

  

今日は三日酔いで、新宿御苑にて開催されているロハスデザインアワードに出かけなかった。あそこは緑が心地よく、のんびり時間を過ごすだけで癒されるのだが、惜しいことをした。

  

本文とは関係ないが、出身の小学校の屋上がロケに使われていたPVを見つけたので、添付しておきます。

言葉をきいて / ロッカトレンチ  http://www.youtube.com/watch?v=DxZOUwbmewE

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2010年5月 7日 (金曜日)

携帯電話の電話帳が復活しました

ひたすら手入力でした。4時間くらい掛った・・。

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2010年5月 4日 (火曜日)

帰国しました

先ほど帰国しました。

写真整理や考え・気持ちを整理して、後日記事をアップします。

  

東京の水道水は、うまい!!

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last day ~瀋陽散策~

昼過ぎの直行便で帰国するので、少し時間がありました。

9.18歴史博物館を見学しました。9.18というのは、満州事変の1931年9月18日を指します。この中には、日本人が犯した数々の残虐な行為がリアルに展示され、抗日と人民の団結を呼び掛けています。長居はしたくありませんでした。日本人として非常に辛い展示です。99年に、日本の「中国養父母感謝碑」を立てることが許されました。

中山路に短い時間立ち寄りました。ここには、満州時代の日本の建築物が残され、銀行などとして使われています。ロータリーの中央には、巨大な毛沢東の像が北京の方を向いて手を挙げていました。

Photo_8

Photo_9満州時代に日本が建てた建物が、取り壊さずに残して使われている。

  

瀋陽から直行便に乗り、成田空港へと帰りました。

この六日間のツアーで、志高い多くの仲間に出会いました。我々は同窓会の開催を約束して、日本各地へと解散しました。

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2010年5月 3日 (月曜日)

day5 ~ニシハイスカイ村で植樹、瀋陽に帰る~

カンチカのホテルで、朝同室の青年に揺り起こされると、頭がガンガン痛かった。生水を飲むわけにもいかず、割高だがホテルのコーラを飲んだ。一応朝食は無事食べられました。

水の摂取量が少ないので、二日酔いは昼まで続き、かなり辛かった。

Photo_3昨日泥だらけでバスをスタックから助けてくれた、通訳の王さん。

FoE Japanの植樹拠点の一つ、ニシハイスカイ村にバスで向かいました。今日はここで草方格と呼ばれる、苗の周りに藁の壁を作る作業をします。

道からポプラの林を横断すると、ここにも砂砂漠が広がっていました。ここの砂は砂丘を形成しており、風による砂丘の移動が、住民の暮らしを脅かしています。

砂の上に1m四方のマス目を書き、マスに沿って藁を並べて、スコップで半分に折り曲げながら藁を立てて押し込みます。この草方格が砂丘の移動を食い止めることを期待しています。すでに作られた草方格の中心に、ニンキョウの苗を植えました。ここでも現地の子供が手伝ってくれました。

Photo新たに作った草方格。マス目の中に苗を植えると、苗は風で飛んでくる砂から守られる、はずだ。

Photo_2手前は古い草方格の中にニンキョウの苗を植えてある。奥は新しく作った草方格の枠組み。

Photo_4草方格を植えた場所にせまっている巨大な移動砂丘の上で。

  

ニシハイスカイ村での作業を終え、バスで瀋陽へと帰途に着きました。

途中、大青溝自然保護区を見学しました。世界遺産になっているらしい。ここは広い谷間の植生が青いまま保たれており、階段を下りて散策すると、鳥のさえずりが聞こえました。

Photo_5広い谷間に林が広がる。

Photo_6谷には清流が流れている。

Photo_7保護区の奥に寺院があった。僕は仏教徒なので、ここで参拝した。おさい銭箱はなく、占い師の様なお坊さんと話し、寄付を募られる。絹でできた守護布をもらった。

  

そして、また運転の荒いバスで、瀋陽に向かいました。瀋陽に着いたのは夜7時半ごろ。近くの料理店で円卓の中華料理を食べ、若い隊員が少し意地になって完食しました。

瀋陽は大都会でした。ビルは高いし、ネオンが輝いている。吉野家・マクドナルド・ケンタッキーもありました。でも車が多いせいか、空気は排ガスで煙っています。ここの水も地下水をくみ上げて生活用水にしていますが、地下水自体が汚染されているらしく、蛇口から出る水はやや黒く濁っていました。鉄道が通っていて、駅前は24時間営業のスーパーなどがありました。

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2010年5月 2日 (日曜日)

day4 ~ブッティルモ村での植樹~

カンチカのホテルに泊まって、食べきれないほどの中華料理をふるまわれ、蛇口をひねって歯を磨いていると、なんだか烏雲の森の素朴な生活が、とても懐かしく感じられました。日本にいては分からない、素朴な暮らしの感覚。そんな体験を実感していました。「何にも無い」が「何でもある」。僕は以前読んだブータンの幸せ度数(Gross National Happiness)の話を思い出していました。

  

FoE Japanは、沙漠緑化の活動を烏雲の森を起点に、ホルチン砂漠の広い地域に広げようとしています。カンチカの町からその拠点の一つ、ブッティルモ村にバスで移動して植樹を行いました。ここで植えたのも、ショウジマツとホアンリュウです。ここでも住民の方々が我々を応援してくれました。

Photo_16ブッティルモ村のメインストリート。村と砂砂漠の間には広いポプラの林があり、それが防砂林となって村を守っている。この写真からは上手く伝えられないが、環境面では昨日までのダチンノール村よりも恵まれている。

Photo_17この日ペアを組んで一緒に作業した、S君とそのお母さん。

Photo_18一眼レフカメラを見て、もの言いたげだったおばあさん。センベイノー(こんにちは)と言ってカメラを向けると、嬉しそうにしていた。

Photo_20 この日の昼食は、村長のご自宅にお邪魔して完全にご馳走になりました。すごい接待です。

Photo_21村長の家で飼っている豚。どうやらこれをご馳走になった様だ。

Photo_22村の道沿いに、柵で囲まれた牧場が続いている。

Photo_23車道から無謀にも砂の脇道に入ろうとしてスタックしたバス。通訳の王さん・ボーガンさん・運転手さん・村の人が泥だらけになって助けてくれ、日没前にトラクターで牽引して無事に事なきを得た。

  

この日の夜は小肥羊という店で、ラムのしゃぶしゃぶを食べた。血気盛んな若い隊員が肉をお代わりし、バイチュー(白酒)も進んで大いに盛り上がった。僕も良い気分になり、学生気分な勢いで飲んだ。この白酒が翌日の二日酔いにつながるのである。

ボーガンさんが友人と話し合って、希望者をカラオケに連れて行ってくれた。まるで大会議室で映画を見ているような、広い部屋だった。ここでビールを飲みながら、歌を歌いあった。

初めの一曲は、「北国の春」を日本語で歌ってくれた。次いでボーガンさん達が、たしか「蒙古人」という歌を合唱した。歌詞は中国語で字幕も出ていた。たしかこの曲だったと思う。

 

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2010年5月 1日 (土曜日)

day2,3 ~烏雲(ウユン)の森の拡大植樹活動~

砂漠植林協会の植樹は、土地を買い上げるようなことはしません。地元の地主さんたちと交渉し、砂砂漠に木を植えるボランティアを続けています。砂砂漠の土地には、地元の人もポプラを植えたりしていますが、いきなり大きな木を育てようとしても根がなかなかつきません。また、放牧されてしまうと若芽を食べられてしまうので、地主さんにご理解いただいて植樹範囲を鉄条網で囲み、家畜の侵入を止めてもらっています。

10年間かけて、烏雲の森から1期地区、2期地区、3期地区と植樹範囲を広げてきました。昨日の写真にあった草原の烏雲の森も、10年前は荒涼とした砂砂漠だったのです。

13植樹範囲の地図。烏雲の森から西へ少しづつ植樹範囲を10年かけて拡大して来た。

  

まず四輪駆動のジープに分乗して向かったのは、まだ植樹がほとんど行われていない3期地区です。day2は、ここにショウジマツ(松)とホアンリュウ(黄柳)の植樹を行いました。僕たちの尽力できたのは、3期地区のごく限られた範囲です。

Photo3期地区は完全な砂砂漠でした。荒涼とした砂砂漠が広がっています。ここに植樹します。

Photo_2砂砂漠の中に、ところどころ自生の草がありました。ホルチン砂漠は降水はあるので、ここの植物は生きていけます。植樹すれば、育ってくれるはずです。

Photo_3まず、穴を掘り、そこにソバガラを利用して作った堆肥を一つかみと、化成肥料を一つまみ入れます。掘ると、砂は微妙に湿っています。

Photo_4そこにポット苗の松を植え、たっぷり水をやります。水は井戸穴からエンジンポンプでくみ上げ、大きな穴にビニールを敷いて作った水場から、バケツで汲んできます。

Photo_5砂をかぶせて軽く踏み固め、あげた水の乾燥を防ぎます。

  

住民の好きな木は、ポプラです。見栄えも良いし、伐採すれば少々のお金になります。我々は、「適地適木」・「疎林育草」の考え方の下、この地にショウジマツとホアンリュウを植えました。

この日の午前は、地元の小学校の一クラスが参加してくれて、一緒に植樹を行いました。小学生は学区域が途方もなく広いので、寄宿生活を送っています。普段はモンゴル語を話し、小学校低学年から中国語と英語の教育を始めています。

Photo_6モンゴルの小学生は、普段はジーパンやジャージを着ていますが、この日は特別に日本から我々が来たということで、民族衣装を着て登場してくれました。このクラスの担任の先生は烏雲先生の教え子だということです。

Photo_7作業が終盤に近づき、一緒に作業したTちゃん・Hちゃんと記念撮影。人懐っこい小学生に目尻を下げているのは筆者。

午後はホアンリュウを植えました。ホアンリュウは長い苗を三本一緒に植え、成長の可能性を三倍にしています。

Photo_8ホアンリュウの苗。水場に入れておき、根が乾かないようにしたものを、2m間隔くらいで三本づつ地面に挿し木していきます。

Photo_9穴に水をやり、植えられたホアンリュウ。新芽が出てくれることを願う。

  

day3はサジー(沙棘)のポット苗を作りました。ポリエチレンのビニールポットに堆肥を混ぜた土とサジーの苗を入れ、固めます。

Photo_10ポット苗づくり。土を8割くらいまで入れて固める。ビニールに穴を開けておき、ポットを水に浸しておくことで、苗は根をポットの中に出していく。

Photo_11皆で作ったポット苗を田に並べ、農業用水で満たす。ポット苗たちには三日に一度くらいの頻度で水やりを繰り返し、砂砂漠に植えられる日を待つ。

  

day3は植樹から2~10年経った、2期地区・1期地区の様子を見学に行きました。烏雲先生も同行してくれました。先生はポット苗作りも手伝ってくれました。

Photo_122期地区の概観。砂砂漠に少しづつ草が戻り始めている。

42m間隔で先隊が植えた苗は、全てが育ったわけではないが、確実に草が増え始めている。

5植樹から5年ほど経ったポプラ。これは地主さんが植えたもので、植える間隔が詰まっている。長期のスパンでみると、間伐が必要になってくる。

10植樹から10年経ったポプラ。下には落ち葉がたまっている。しかし、落ち葉を腐葉土に変える生態系は、まだ生まれていない。

Photo_13馬に噛まれた後のあるポプラ。樹皮のすぐ下には根から吸った水を通す導管が通っているので、徹底的に噛まれてしまうと木は立ち枯れしてしまう。

Photo_14鉄条網で覆っているはずだが、馬がのんびり草を食んでいた。放牧は止めてほしいのだが、生活のかかった地主さんへの強制力はない。

  

day3の夕方に、カンチカというもう少し大きな町に移動しました。ここでは外国式のホテルに泊まります。隊員には女性もいたので、シャワーを浴びられることは大変嬉しい。町の水は全て地下水で賄っています。

Photo_15烏雲の森から近い、ダチンノール村の繁華街。ここには市場があって、色々な物が買える。馬乳酒のつまみを買ったり、アイスキャンディを食べたりした。

  

また会おう、ダチンノール・烏雲の森。      

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