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2018年8月

2018年8月28日 (火曜日)

夜中に腹が減り起きる

まだ黄信号が灯りかけた程度だが、そろそろ血糖値についてケアが必要になってきた。ここ数年で、空腹時血糖が基準内でジワジワ上がってきた。
まずは、情報を集めて勉強する。
本二冊をペラペラ見て、関連のNHKの番組を見た。

ここのところ食後に病的に眠かったり、疲れた時にコーラを飲んでその場をしのいだりすることが続いていたのだが、どうやらそれは「血糖値スパイク」らしいと、薄々感づいてきた。モニタリングできたわけではないので実証はできていないが、リスクが高い。
血糖値の乱高下を防ぐための、食事の食べ方(箸の上げ下げの順番)、朝飯を抜かない、食後の軽い運動 に気をつけようとするが、まだ身に付いていない。
本からの情報で、糖分の多いドリンクは避けることにした。疲れた時にコーラに逃げるのを止める。結構辛い。逃げ場がない。深呼吸で気分転換を試みるが、しのげるか分からない。

やりたいことができないなんて、屈折してしまいそう。禁煙の禁断症状に近い。
夜中2時に目が覚めてしまった。。うをー

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2018年8月20日 (月曜日)

インドネシア・ロンボク島で長期にわたり地震

インドネシアの観光地、ロンボク島で7月から地震が続いている。
7/29と8/5の地震では500人以上が亡くなっている。
8/19夜にもM6.9の地震が起き、少なくとも5人が亡くなっている。

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フィジー沖でM8.2の地震

米地質調査所(USGS)は19日、南太平洋の島国フィジーやトンガから約200マイル(約322キロ)離れた地点でマグニチュード(M)8.2の地震が起きたと報告した。初期段階の観測結果としている。
発生は現地時間の19日午後0時20分(日本時間同午前9時20分)ごろで、震源はフィジーの首都スバからは東へ約365キロで震源の深さは約560キロ。
米ハワイ州にある太平洋津波警報センターは、太平洋で大規模な津波発生の恐れはないとした。同州への脅威が生じる可能性もないとしている。

(CNNの報道より転載)

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東京に帰って思うこと

ほんの数日のカナダ滞在だったが、それでも東京に帰ってきて、なんとなく文化のギャップを感じる。
ユーコンでは、全てのリスクが自己責任だった。それに比べて日本に帰ると、良い意味でのお節介が横行している。電車に乗れば乗車マナーの広告が貼られているし、ラジオを聞けばお勧めの働き方改革を論じている。
焚き火を眺めて感傷に浸る世界と、AIと対峙し地球規模の気候変動を憂いる都会と、どちらが人間として正しいか、都会に帰ると正解があやふやになる。子どもにとっては自然が楽しい。でも大人にとっては視点を高く持つことも必要だ。難しい。
週が明けて、色々な生活習慣が回り始めた。ユーコンの大自然を見ていたのでは地球規模の変動までは想像が及ばない気もする。焚き火の感傷に浸っていては、アルコール摂取と健康の相関は忘れてしまうだろう。一方、AIに頼っても火を起こすことはできないだろう。命の危険を感じてヒヤリとすることもないだろう。
サバイバルやキャンプは僕にとって必要だ。
なぜなら、僕らとIndianは同じ血を引いているから。

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2018年8月19日 (日曜日)

ゆらゆらとユーコン / 野田知佑 (新潮文庫)

学生時代、野田知佑・開高健・椎名誠など、アウトドアを愛する人達の本をよく読んでいて、カヌー行やキャンピングには憧れていた。
今回のホワイトホース遠征に際し、この30年前のエッセイを手元に持っていった。
読んだのは、自分のカヌー行を終えた帰国の便の中。カヌーの速度で自由に生活する歓びが蘇ってくる。

確かに今、忙し過ぎる。焚き火を見ながら風に当たる時間を大切にしたい。アル中だけ気をつけよう。

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ユーコン川をカヌーで川下り

バンクーバー国際空港から飛行機でホワイトホースに飛んだ。空港に降り立ったのは21時過ぎだが、まだ明るかった。ちょうど日の入りの頃だろうか。
ここホワイトホースに来た目的は、ユーコン川の川下りに憧れてだった。昔、野田知佑氏のカヌー行の本を読んでから、ユーコン川・川下りは僕のバケットリストに入っていた。今回は短い旅程だが、それを実現する。
ネットで申し込んだカヌーガイドは、Klondike Canoe Rentalsにお願いした。
途中、ホワイトホースダムの鮭の魚道を見せてもらった。ホワイトホースの水道と電力は現在ダムから賄っている。ダムで川の流れが堰き止められてしまうと、鮭の遡上が途切れるので、ダムの高低差を鮭が遡れるように、魚道(上り階段)をダムの横に設置した。鮭は人の思惑通りに魚道に入ってくれると限らないが、ここまでユーコン川を3000kmも遡ってくる鮭が水中に見えると、アラスカの自然の雄大さが伝わってきて、僕はすっかり小説の世界に入り込んでしまうのだった。現在ではユーコン川の鮭は稀少で、ファースト・ネイション(インディアンの血を引く人)でさえ鮭の漁はしないそうである。
二泊三日のカヌートリップの内、1日目はChadburn湖で操船の練習をした。二人乗りのカナディアンカヌーに、前方に家内が座り、後方に僕が座ることにした。
天気は快晴で、少し風がある。僕は慣れ始めると大きく操船したくなり、日本人ガイドのKさんと一緒に、湖の端まで漕いでみようと出発した。20分くらいで湖の端まで行ってしまっただろうか。いざ帰ろうとすると、車を駐車した接岸地点を完全に見失ってしまった。ガイドのKさんは半分呆れ顔だ。「本当に分からないんですか?」
僕は漕ぎながら焦り始めた。これは遭難とも言える。湖の真ん中で迷子になった。
ガイドのKさんは、もちろん場所を分かっていた。しかし、すんなりと誘導するのでなく、広い湖での遭難の恐ろしさを教えてくれた。水温は手を水の中に入れると、30秒しないうちに痺れてくる。カヌーがひっくり返ったら、岸まで泳ぎつけても、そこから救助が来るまで持たない。Kさんは衛星電話のビーコンをもっているようだが、それでも体温の低下はカバーできない。小さな湖とはいえ、無謀な操船による遭難は、死を意味するのだ。
僕は本番のユーコン川でも、ガイドから離れないように操船しようと誓った。
その初日の晩は、Marsh湖のキャンピングサイトにテントを張って野宿した。久しぶりのアウトドア生活だ。家内は意外とアクティブな人間で、多少風呂に入れなくても、自然の中で空気や景観を楽しめれば満足してくれる。ガイドのKさんと僕の男二人の間に、家内が空気を取り持ってくれて、「この夫婦はキャラが立ってますね」というまでに和気あいあいと過ごせるようになった。
19時ごろからKさんがガスグリルでサーモンとソーセージ(エルクとバイソンのもの)を焼いてくれて、炊いた白米と一緒に夕飯を食べた。旨い。三日間のメニューはKさんの奥さんが裏方で計画して食材をパッキングしてくれていて、家内はその几帳面さに驚いていた。このメニュー表は家内が今後の参考にさせてもらうと持ち帰ることになる。
緯度が高いので日の入りは22時ごろで、20時に夕飯の片付けを終えてもまだ明るい。焚き火で暖まりながら買っておいたウィスキーのお湯割りを一杯だけ飲み、朝が早かったので22時前にはテントに潜り込んで寝てしまった。家内は紙でできた星座早見盤を持ってきており、ユーコンの星空を見上げるのを楽しみにしていたのだが、この日は並んで寝袋に潜り込み、熟睡して起きなかった。

2日目の朝目覚めると、気温は5℃くらいだった。Kさんが起き始めると、まず焚き火を再着火してくれて、朝の澄んだ空気を楽しみながらサーモンとチーズのベーグルの朝食を取った。早発ちして一旦市街地の事務所に戻り川旅の食材を詰め直して、いよいよ街の外れの波止場から、ユーコン川へと漕ぎ出した。天気は快晴。風はほとんどなく、最高のコンディションだった。
初めは緊張して下り始めた。しかし、10分もすると力の抜きどころを覚えて、リラックスすることができた。家内も大自然の中でのクルージングを楽しんでいるようだった。ハクトウワシが空を大きく旋回し、景観はゆっくりと流れた。川面に目をやると、川底の石の移りゆきから結構なスピードでカヌーが下っていることが分かった。
鳥の声しか聞こえないゆっくりとした時間の中で、我々二艘のカヌーは会話をのんびりしながらユーコン川を下った。
操船に疲れ、トイレに行きたくなってきたあたりで、岸に接岸して昼食を取った。パン・チーズ・ハムの昼食も、疲労を回復させてくれた。プレジデントチェアと呼ばれる、アウトドア用の折りたたみチェアでゆっくりと休み、再びキャンプ地点の中州を目指した。
中州に上陸したのは15時くらいだった。朝に早発ちしていたので、時間には余裕があった。とりあえずテントを設営して、寝床を確保した。
Kさんが「このエゾマツ(spruce)の枯れ木は焚き木になりそうだから、切り倒そう」と言った。冗談で言っているんだろうと思ったが、Kさんは直径20cmくらいの枯れ木を、斧とのこぎりで切り倒してしまった。僕も倒れた木をのこぎりで半分に切断した。
落ちている枝を拾い集め、くぼんだ地面に木材の接点を集めて火を点けた。焚き火は一旦大きく燃え上がり、十分ほどすると落ち着いてくすぶり始めた。くすぶった丸太に枝をくべると、再度燃え上がった。そうして1時間以上、焚き火の火を見ているうちに、丸太は炭火になった。くすぶっているようだが、枯れ枝を加えると燃え上がる。炭火はメンタルな表現をすると、GRITだ。そして火というのはいつまでも見ていて飽きないのだ。無言で火の勢いを保っていると、時が過ぎるのを忘れ、だんだん思考が哲学してくる。勇気をもらっている。
その日の夕飯はTボーンステーキをガスグリルで焼いた。食べながらKさんの脱サラ・起業からの苦労話に耳を傾けた。この旅は、生き方に触れるたびだなぁと、話を聴きながら考えていた。ステーキと多めに炊いた米は、我々の腹に収まった。小雨がぱらついても空の雲は厚くなく、別にカヌーの遭難や転覆に比べたら命の危険に関係ない些細な事のように思えた。ガイドのKさんは、そう言う僕に何か変化を読み取った。
片付けを終えても20時過ぎ。まだ空は明るい。ただ少し肌寒くなってきたので、焚き火に当たって、火を見ながらボソボソと会話しながら哲学した。Kさんの自宅には薪ストーブがあるそうで、メンテナンスは大変そうだが、火を眺めながら過ごす時間はこの上ない贅沢な時間だと思った。僕は火を眺めながらウィスキーの小さなボトルを家内と飲んだ。Kさんは、ガイドは酒を飲まないと頑なに断った。ほろ酔いに焚き火のチロチロとした炎が時に燃え上がり、足元を遠赤外線が暖めた。この日はオーロラが見えるかもしれなかった。焚き火を見ていたら22時を過ぎ、白夜のような薄暗い空になり、焚き火はその明るさをますます増した。
気がつくと、川をモーターボートが爆走して去って行った。家内と二人で焚き火の側でウツラウツラしていたようだ。時計を見ると24時を過ぎ、空は暗く雲があった。オーロラ(northern lights)もペルセウス座流星群も見えず、僕らはテントに潜り込んで眠りについた。

3日目の朝は、気温は8℃くらいだった。トイレを済ませ焚き火を見ると、炭火は灰になって消えていた。
約束していた起床時間にKさんが起きてきて、焚き火を再着火してくれた。スモークソーセージが残っていたので、ナイフで枝から串を作って刺し、火で炙って食べた。パリパリにして食べるソーセージは、ウィスキーに合ったことだろう。火で暖まりながら朝のコーヒーを飲んでいたら、良い時間になった。朝食にブルーベリー入りのパンケーキをKさんが焼いてくれて、それを食べてテントを片付けた。
我々はゴール地点まで40分ほどの上流におり、一度カヌーを出したら、すぐに終点だった。途中接岸して、家内と前方・後方の座る位置を入れ替わった。しばらく家内が操船のレッスンを受けるうちに、ゴール地点にたどり着いた。最後に接岸・上陸し、家内と無事を祝ってハイタッチして、3日間のカヌートリップを終えた。
Kさんの奥さんが接岸地点に車で迎えにきてくれていて、カヌーを車の台車に収納して、最後のローストビーフ・ラップを食べた。
この旅は、野田知佑氏のようにユーコン3000kmを旅する人生に比べたら、瞬きのようなショートトリップであり、Kさんのようなガイドに100%依存したものであったことは認める。しかし、日常の情報に追われる生活から逃れて、火を眺めながら酒を舐めるという贅沢な遊び方を再発見させてくれた。また、インターネットとビッグデータの管理社会から、ナイフ・ロープワーク・火起こしが基本のサバイバルの入り口を見せてくれた。
僕の心の拠り所は、くすぶって赤外線と炎を放つあの炭火の中にありそうだと、おぼろげに思いながら、今短い旅を振り返って帰途に着いている。







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2018年8月14日 (火曜日)

カナダ・ヴィクトリアに滞在

バンクーバー国際空港からBCフェリーバスに乗って、ヴィクトリアに夕方到着した。
馬が客車をゆっくり引いて闊歩し、ミュージシャンがギターを鳴らして歌っている。リタイアした高齢の方もリラックスして過ごせる街と言われており、治安や居心地はすこぶる良い所だ。Zambri’sというイタリアンで夕飯。パスタとサーモン焼きを食べた。
翌朝から、家内の学生時代のホストファミリーに再会してお世話になった。
Ogdenpointのカフェでマフィンとコーヒーで積もる時間を共有し、防波堤を歩いて潮風に当たった後、Fisherman’s wharfを通って少しドライブし、ビーコンヒル公園横のRoyal BC Museumで、カナダの歴史を学んだ。
先住民の伝統工芸のデザインに興味を持った。思えば、僕の通った小学校の校庭にはなぜかトーテムポールがあった。多様性への柔軟さがそこで育まれていれば良いと思う。
俺はJapanese Indianだ。
この晩はホストファミリーのご自宅にお世話になった。飲んだお酒は合計でウィスキーのシングルを3杯。マッカラン、ジョニーウォーカーRed、ジョニーウォーカーExplorerだった。友情の証だ。
僕たち夫婦のバケットリストを一部共有し、ホストファミリーのシニアなバケットリストも少し見せてもらった。人生の大先輩なので、良好な夫婦生活のコツも伝授してもらった。
ホストファミリーが日本に来た時には、おもてなししようと約束した。

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2018年8月 6日 (月曜日)

ライブ実習にて出演

池袋のライブハウスで、ライブ実習を行ってきました。授業料払って、皆で持ち回りで演ります。
エントリーした曲は、ブルーハーツの「リンダリンダ」、ウルフルズの「ヒーロー」。歌詞が自分に響いた曲を演りました。
練習不足を家内に指摘されていました。でも、友人を誘って応援に来てくれた。
MCの先生が、マイクで「結婚おめでとう!」と言ってくれて、思わず吹き出してしまった。
MCに提出した用紙には、「家族が許せば、バンドメンバー募集中」なんて書いていたのにね。

肝心の演奏は、撮ってくれた動画を見ても、ひどい物でした。歌を歌って、かろうじてコードが怪しい感じで乗っている。
Bm, F#7、音がまともに出ていません。
でも、ステージに立てて良かった。たぶん出なかったら、今頃はアーティストチャイルドを押しやって鬱々としていたでしょう。

動画をYoutubeに載せようとして、留まった。結婚式の準備で、映像中の音楽の著作権が厳しいの知ったから。
いつかはオリジナルソングを混ぜようと思うのだけれど、誰が作ったにかかわらず、名曲は名曲だと思うんだ。著作権や肖像権、個人情報といった大人の事情を理解するようには、心の底はできていないんだ。

ライブハウスに応援に来てくれた皆さま、陰ながら感謝しております。

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2018年8月 1日 (水曜日)

紙の星座早見盤

家内と出会ってから、二人で星空を見上げる機会を作るようにしている。
僕が浅い天文ファンであることは伝わっていて、家内も時々イベントごとに付き合ってくれる。

結婚前に清里に旅行した時は、宿のバルコニーから周天の星々の写真をバルブ撮影した。
水道橋のTENQにも行った。
朝焼けの時間は、結婚披露宴のコンセプトにも入れた。
皆既月蝕はマンションのベランダから並んで見た。

家内がフリーマーケットの準備を手伝った時に、小学生の教材として作られた星座早見盤をもらってきて、それを気に入っている。
昨晩は火星が大接近する極大の日で、月から少し離れたところに非常に明るい火星が輝いていた。地平線に上ってきた月はオレンジで、かぐや姫でも降りてきそうだった。
家内の星座早見盤には惑星は出ていないんだけど、なんとなくそれを空に掲げながら星座を探すと、意外と楽しい。
スマホやタブレットに入れたステラナビゲータの方が実用性は高いけど、紙の星座早見盤も味がある。

夏の旅行先にも、この星座早見盤は持っていくようだ。キャンプをするので、電源がない時は、これで夜空の星を探そう。

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