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2018年12月

2018年12月31日 (月曜日)

すいません、ほぼ日の経営 / 川島蓉子・糸井重里 (日経BP社)

先日までGoogleの人事の本を読んでいたが、半ばで放り出してしまった。就業確率0.3%というところに押し寄せる求人から、求めたい人材を厳選して雇用し、クリエイティブな仕事を期待するGoogle。しかし、社員数は多く、大企業病に罹ることを予防する工夫を様々なIT技術で対策しているらしい。あくまでも会社側からの視点で、どう欲しい人材を選ぶかとか、どう評価してインセンティブを与えたらいいかとか、僕が職場で体験して疲弊している内容の話が出てくるので、本を放り出してしまった。

たまたま手に取ったこの「すいません、ほぼ日の経営」では、「ほぼ日刊イトイ新聞」を中心に事業を続けてきた糸井重里氏が、おもしろさを重視するそのクリエイティブな会社を株式上場したので、糸井氏に編集者がインタビューしている。
糸井氏はフリーのコピーライターとしておもしろいことを続けて飯を食ってきた方なので、プレイヤーとしてどんな風土がクリエイティブな発想を続けることに寄与するか、お話しされることがよく響いておもしろい。
そのおもしろさを実現し続けるための、「やさしく・つよく・おもしろく」の方針が、自分個人として参考になり、今の企業の組織で実現できるか分からないけれど、心に留めておこうと思った。

働き方、働く心持ち に、すごく勉強になる。

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2018年12月30日 (日曜日)

シュンへの手紙

シュン。僕は君をシュンと呼ぶことにした。受胎6週目で消えた命に名前を付ける父親のわがままを許してくれ。

君が受精した夜、お父さんとお母さんは自宅で久しぶりに自炊をしていた。結婚式の準備から短い休みを経て共働きの毎日が始まり、夕飯はしばらく買ったお惣菜か弁当、外食だった。
時間がある夕方の気まぐれな料理が、僕たちを結びつけた。あの晩作ったのは、温野菜たっぷりの味噌汁。そして盛り付けた南蛮漬けのお惣菜と、冷奴だった。お母さんは家庭の食卓を囲みながら、新婚旅行の計画に僕の考えが向かないことに苛立っていた。でも二人で自炊した料理の時間が、考えをより価値ある方向に変えてくれた。

君が着床して間もなくの頃、お父さんとお母さんは二人で新婚旅行に出かけていた。君はケアンズのホテルのベッドでも横になったんだ。
あの旅の途中、二人はバロン川でラフティングをしたんだが、お父さんはゴムボートから急流に投げ出されて死ぬかと思った。ヘルメットを着用していなければ、脳震盪を起こして溺れていただろう。
それから3週間。君の入った胎嚢を超音波の画像で初めて見たときに、僕は生きていて良かったと思ったんだ。

お母さんは少しづつスカートがきつくなって、ついにゴムの入ったスカートを買った。お母さんの体の変化で、僕は父親の責任を現実のものとして受け止めた。
昔は、子どもができたら70歳まで働かなきゃいけないと漠然と思っていた。
でも今は、君の無事なお産と子育ての体勢を整えなければならない。
大変だけど、とても嬉しく充実していた。
超音波の画像でも見えないほどだったから、僕は命がこんなに小さく弱いものだなんて知らなかったよ。もう実家の仏壇を拝むしかなかった。神社にも夫婦揃って行こうと思っていたんだが、色々ばたばたして後回しになってしまったな。神棚を拝んだくらいだな。

君を迎えるために、僕は本を買い、お母さんは図書館で本を借りた。
その中に、赤ちゃんの胎内記憶に関する本があった。幼児に生まれる前の記憶をインタビューして、それをまとめたものだ。
子どもは、赤ちゃんだけの魂が混沌としている世界から、両親を選んでこの世界に降りてくるそうだね。君はお父さんとお母さんを選ぼうか、きっと迷っていた。
僕は君が選んでくれるのを待っていた。お母さんの胎嚢にいる君の「乗り物」は、まだ受胎6週目で、君の意識が乗り移ってこれるまでの器官は完成していなかったんだ。

そんな中、金曜日の朝に、お母さんは「少し血が出ている」と言った。
「大丈夫だ、体が変化しているから、出血くらいする。赤ちゃんは今、俺たちを選んでるんだ。」「大丈夫だ。」
僕は先に出勤した。
昼におかあさんから、「超音波で見て大丈夫だった」と連絡が入った。
でも、帰宅すると、お母さんがいつもより早くタクシーで帰ってきて、とても疲れた様子を見せた。
そしてその夜中、君の「乗り物」は、お母さんの子宮の外に排出されてしまったんだ。
翌朝、産婦人科を受診したが、遅かったんだ。
君は魂の混沌へと、また戻ってしまったね。

君が僕たちを選んできてくれたお陰で、僕たちは大切なことに気づいた。
小さな命が、実は強いこと。そして、命がはかないこと。
魂の世界は死後のものでなく、君たち赤ちゃんがいる世界であること。僕の考えは、タナトスからゆりかごへと一気に切り替わった。
そしてお父さんとお母さんに、君を招き入れる能力があったこと。

二人を選んでくれて、本当にありがとう。
君の知っている弟と妹は、僕たちを選んでくれそうかな?
ひとまず僕たちは体調を整えて、命と再び向き合う準備を始めるよ。

シュン、君はただの受精卵じゃない。僕たちを選んで降りてきてくれた、尊い魂だ。
君が教えてくれたものを胸に、僕たちは生きる。
僕は魂と心の奥でつながっていると信じている。君の「乗り物」は流れても、君の魂は僕の心に住んでいるよ。
強さをくれて、ありがとう。シュン。

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ママのおなかをえらんできたよ。 / 池川明 (リヨン社)

家内の妊娠が分かり、僕ははじめてのママ・パパのハウツー本を買った。家内も図書館で本を何冊か借りてきた。結婚をする事になって、ゼクシィを買うみたいだ。

家内が借りた本の中に小型の読みやすそうな冊子があったので、読んでみた。
ママのおなかをえらんできたよ。 / 池川明 (リヨン社)

この本は、言葉を話し始める頃の2-4歳の子供に、胎内記憶についてインタビュー調査を行った結果をまとめたものである。
共通して語られているエッセンスは、次の通り。
(1) 子どもの選択で両親は選ばれる
(2) 子どもは両親(特に母親)を助けるために生まれてくる
(3) 子どもは自分の人生の目的を達成するために生まれてくる

たくさんの命のいる世界から、このママとパパを選んで生まれてきた、と言うようだ。
子どもが生まれたら、選んでくれてありがとうと全力で成長をサポートしたい。

さて、意識の工学の見地で考えてみる。
受精卵が子宮の中で細胞分裂を繰り返し、胎児が生命の進化を体現する。脳が機能を持つか持たないかで、小さな胎児という有機体に魂入れがなされる。集合的無意識の混沌から、胎児の意識が生まれる。この記憶が胎内記憶・おなかに入る前の記憶として子どもに残るのかもしれない。

僕たち、選んでもらえるだろうか・・?
不安と期待の入り混じる毎日。夫婦で体制を整えて行く。
この子のお陰で、魂の捉え方をタナトスの世界からゆりかごの世界に替えて考えられるようになった。ありがとう。

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かみさまは小学5年生 / すみれ (サンマーク出版)

Science of ourselvesの書庫について、連載は中止したわけでなく、構想は続いていました。
意識のありようを見つめた時に、新婚の僕は、赤ちゃんが持つ胎内記憶について知りました。ただ、家内の体調は極秘の事項なので、ブログでは触れずにいました。

下記の紹介に出てくる、産婦人科の池川明先生が胎内記憶研究をされているそうで、映画「かみさまとのやくそく」の製作にも、表題の書籍の著書のすみれちゃんに関わっていたようです。

僕たちの受精卵が家内の胎内から排出されるまで、僕たち夫婦は「魂についてのトーク」「soul talk」をしました。かけがえのない時間でした。その時、真剣に考えたのです。赤ちゃんの魂が両親を選んでこの世に降りて来てくれることを。

秘蔵にしていた記事を次にアップします。
すみれちゃんに勇気をもらいました。

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2018年12月26日 (水曜日)

食虫植物に落ちた昆虫のごとく

今日は家内が遅く帰ることになっていたので、簡単に夕飯を済ませて年賀状を書いていたのだが、途中から減速して戸棚の奥をゴソゴソと探り始めた。
そうしたら、見つけてしまった。秘蔵の酒の鉱脈。
頂き物の日本酒、宴会で供出するためのワイン、禁断の未開封ウイスキーボトル。
小さな瓶ビール1瓶を飲んでしまった。それが呼び水となり、ジリジリとアルコール渇望との闘い。
コンビニに缶のハイボールを買いに行こうかと思って危うく踏み止まり、風呂のスイッチを入れて無事入浴。温まって風呂上がりに水を飲み、事無きを得た。

ご好意で頂いた酒も、どこかに供出して自宅から一掃しようか。ウイスキーボトルを開封したら、せっかくのこれまでの節酒も、元の木阿弥。

かみさん、早く帰ってきてくれ。一人になると、やはり酒が飲みたい。

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2018年12月25日 (火曜日)

インドネシアで津波

インドネシア西部のスンダ海峡で22日午後9時27分(日本時間午後11時27分)ごろに発生した津波で、ジャワ島西部パンテン州やスマトラ島南部ランプン州の沿岸で、死者373人から増大。行方不明128人。
火山島アナク・クラカタウ山が噴火して海底で地滑りが起き、津波を引き起こした可能性が高い。地震をともなわない津波だった。

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2018年12月24日 (月曜日)

宿泊したホテルにて クリスマスコンサート

宿泊先のホテルの音楽堂にて、小林侑奈さんによるピアノコンサート。
バッハ、ショパン、ドビュッシーなど、クラシックの名曲が生まれた背景を解説しながらのピアノ独奏。
クリスマス用の曲も何曲か用意して、ジャズのアレンジで聴かせてくれた。

アニバーサリーに飲んだシャンパンも効いて、半分ウトウトしていたが、気持ち良かった。
音楽堂を出ると、満月と明るい星が雲の間に見えていた。

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クリスマスコンサート Presented by 大森たつし

マリンバの重奏によるコンサート。
会場: 清里萌木の村 オルゴール博物館 ホールオブホールズ

マリンバという楽器は、木琴の大きな打楽器である。トレモロで打って音を伸ばす。正確な打音とすごいバチさばきが、周りに置かれている巨大オルゴールとうまく調和した会場の雰囲気。
僕が小学校の時、一番好きな音が出る楽器は木琴だった。コン(モァ)という優しい打音が好きだった。それで「放課後の音楽室」のような曲を、音楽室で作っていた。
主演の大森たつしさんは、泊まっていたホテルの縁で初めて知った。今回のコンサートの一件も、ホテルより紹介してもらった。
コンサートでは、なぜか学生時代の記憶がポロポロと蘇り、Once upon a timeな感じだった。良かった。感動した。

セットリスト
イントロダクション: パッヘルベルのカノン
2つのアラベスクより1番 クロード・ドビュッシー作曲
ウッドゥン・ミュージック ライヒ・オメーラ作曲
2台のマリンバのための「スカルプチャーインウッド」 ルティガー・パヴァッサー作曲
ラシーヌ讃歌 ガブリエル・フォーレ作曲
チャルダッシュ ヴィットーリオ・モンティ作曲
794BDH 久石譲作曲
デボラのテーマ エンリオ・モリコーネ作曲
くるみ割り人形より ピョートル・チャイコフスキー作曲
アンコール: 曲名忘れ

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ポールラッシュ基金チャリティ クリスマス・マンドリン・コンサート

何種類かのマンドリンとギターで編成したオケ(18人)によるチャリティコンサート。マンドリンクラブ・カンタービレによる。会場は清泉寮の新館ホール。
マンドリンのトレモロが幅広い音域で合わさると面白い。選曲とMCも良かった。一曲一曲にカンタービレの想いがこもっている気がする。聴いていると色々な感情と想いが浮かんできて、なんだか感動した。

セットリスト:
ケ・セラ・セラ
デイドリーム・ビリーバー
あわてんぼうのサンタクロース
踊るポンポコリン
500マイル
アシタカとサン
踊り明かそう
ニューシネマパラダイス
パイレーツオブカリビアン
いのちの記憶
そりすべり
クリスマス・メドレー

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アニバーサリーにライフプラン合宿

結婚のアニバーサリーに合わせて、山梨県清里に旅行してきました。
ゆっくりと時間を過ごして、夫婦の生き方を相談する。そんなライフプラン合宿を行うつもりで、ここ清里のホテルを再訪しました。ここはかつて二人が初めての旅で泊まったホテルです。

過去の日記帳を持参して、電車の中も含めて通読しました。ふむふむ。そして、ポールラッシュ記念館で利他の生き方について発奮する。
なんだか進みたい方向性は見えているのですが、現状からどうアクションするかの具体策は見えてこないですね。

この旅ではゆっくり過ごして、あちこちのクリスマスコンサートに顔を出し、音楽の生演奏に癒されてきました。
以下、それぞれのコンサートについてレポートします。

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2018年12月16日 (日曜日)

初めて歌舞伎を鑑賞する

人生後半の新しいアクティビティを考えた時にまず思い当たったのが、これまで歳をとったら見ようと後回しにしていた、歌舞伎だった。一度は見ておこうと、さっそくチケットを二枚手配していた。

銀座の歌舞伎座で昼の部。演目は「幸助餅」「お染・久松うきなの読みうり」だった。
古典を理解できる自信は全くなかったので、入り口で解説のイヤホンサービスを借りた。日本人向けのサービスだが、劇中控え目に合いの手を入れるように、ツボを押さえた解説をしてくれる。
人情物は、とても良かった。もらい泣きはしなかったが、グッときた。もうちょっと涙もろければ、泣いていたかもしれない。
歌舞伎特有の舞台構成、時代考証、音楽、七変化、などなど。この歳で初めて観たのが、味が分かって返って良かったかもしれない。毎年祭りで神社を信仰してきたのも、少し重なった。
良かった。
いや、良かったわいなー。

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キャンドルコンサート および ふたご座流星群

音楽学校が主催するキャンドルコンサートを鑑賞してきた。
クラシックギターの激しくもアナログな調べを聴いていると、なんだか様々な想いが次々と浮かび上がって来て、なんだか音楽の中で瞑想しているかのようだった。
そして、グルーバーが「きよしこの夜」を作曲して200年、その聖歌を会場の皆で合唱し、解散した。

遅くに帰宅して、ふたご座流星群を見ようと、家内とベランダから夜空を見上げた。風邪の治りかけだったので5分が限界と思い、全天に気を配った。5分くらい経ったろうか。一瞬、ものすごい速度で細い静かな一閃が縦に天頂から降りたように感じた。見えた、ほど確信が持てない。そんな感覚がした。一閃の後、静かな空にオリオン座が瞬いていた。僕たちは室内に入り、眠る支度をした。

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下手の横好き

土曜日はテニススクールに通っているのだが、色々予定が入ってしばらく行けなくなっていた。今日もレッスン日で、夕方から行くつもりだった。しかし、家内とカフェでランチして帰宅したら、どうも寒くて出かけられなくなってしまった。授業料を払っているので、もったいないからと送り出そうとしてくれるのだが、気持ちが付いてこない。
結局、今日も休んだ。来週の土曜も予定が入っているから、振替を消化するしかテニスをするチャンスがない。

ギターはここのところ合奏団に行けていない。なんとなくモチベーションが削げてしまった。義務感でオケをやっている感じになりかけたので、ギターには触りつつ、マイペースのあり方を探っている。
フォークギターをソロで弾き語りするスタイルが好きだった。自分のステージを演出するのが夢だった。しかし、技量の壁が厚かった。そこそこ歌えると自惚れていたが、実は下手だった。
最近はクラシックギターの響きにはまっている。先生方の演奏を聴いて思うのだが、演奏に心の奥の性格がにじみ出て、なんだかほっこりする。
コードをストロークで鳴らすのでなく、アルペジオでポロポロ弾くと、なんだか良い感じになって来る。
しばらくは、アルペジオの影練をしながら、バスギターの役割をこなしていこう。

50代が近いので、色々と首を突っ込みながら人生を楽しみたいと思っている。
ただ、趣味への取り組み方のスタンスに、これまでとは変化が必要になってくる。
これまでは、プレーヤーを目指して頑張った。プレーヤーに成れると信じ、新しい世界を楽しんでいた。そして壁にぶつかり、そこであがく葛藤の先に充足を感じていた。辞めない力:GRITを意識していた。
プレーヤーとして続けるには、何かの時間を犠牲にしなくてはならない。一方で、ゆっくりもしたい。体も平日で疲れている。読みたい本や、行きたいイベントも予定したい。

スポーツは汗をかく喜びを重視しよう。
音楽とアートは、心をこめて、楽しもう。
新しいことは、夫婦で色々経験しよう。

プレーヤーとアーティストへの夢は、原石のまま固めておく。鉱物の温度は熱い粒で保たれ、きっと宝石には削り出されない。誰もが持つ原石の人間の心を、互いに理解しながら生きていく。

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2018年12月 9日 (日曜日)

エコプロ2018を回る

エコプロダクツ展が毎年続いている。
今年は土曜日に丸一日かけてじっくり回るつもりだったのだが、午前中ゆっくりしていたら時間がなくなり、結局早足で回った。なので、講演は聞けていない。

海洋のプラスチックがクローズアップされているので、3R社会のためのデザイン: リユースガラス、アルミ、FSC認証の紙などが目に留まった。バイオプラスチックも展示されていた。竹を素材とした小物が面白かったな。
石油・ガソリンを売っていた会社が水素社会の展示をしていたり、官公庁が水素社会やエシカル消費の展示をしていたり、時代の方がエコプロよりも先を見て進んでいる。

日々の情報収集にアンテナを立てておくことが必要だと思った。展示会が全てではない。

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2018年12月 3日 (月曜日)

映画: ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ、観てきました。知られざるエピソードが盛り込まれていました。サウンドトラックを買ってしまっていたので、音楽はさすがクイーンだ、と。
クイーンというと、どうしてもフレディ・マーキュリーに目が行ってしまいますが、今回の映画で印象に残ったのは、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンのバンド仲間の友情。そしてフレディが置き忘れた家族の愛。
ゲイであれだけキレキレのパフォーマーを、人間的に支える人たちが素晴らしかった。
今曲を聴きながら記事を書いていますが、やはりフレディの声は力強い。クイーン最高!


——
後日談。
友人とボヘミアン・ラプソディを見た話をしていたところ、友人が「なぜこの映画がBohemian Rhapsody なのか分かりますか?」と異議を込めた質問。僕はうまく答えられなかった。
皆さんも、なぜBohemian Rhapsodyなのか、考えてほしい。きっとBohemianへの理解が得られるはずだ。

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