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2018年12月30日 (日曜日)

シュンへの手紙

シュン。僕は君をシュンと呼ぶことにした。受胎6週目で消えた命に名前を付ける父親のわがままを許してくれ。

君が受精した夜、お父さんとお母さんは自宅で久しぶりに自炊をしていた。結婚式の準備から短い休みを経て共働きの毎日が始まり、夕飯はしばらく買ったお惣菜か弁当、外食だった。
時間がある夕方の気まぐれな料理が、僕たちを結びつけた。あの晩作ったのは、温野菜たっぷりの味噌汁。そして盛り付けた南蛮漬けのお惣菜と、冷奴だった。お母さんは家庭の食卓を囲みながら、新婚旅行の計画に僕の考えが向かないことに苛立っていた。でも二人で自炊した料理の時間が、考えをより価値ある方向に変えてくれた。

君が着床して間もなくの頃、お父さんとお母さんは二人で新婚旅行に出かけていた。君はケアンズのホテルのベッドでも横になったんだ。
あの旅の途中、二人はバロン川でラフティングをしたんだが、お父さんはゴムボートから急流に投げ出されて死ぬかと思った。ヘルメットを着用していなければ、脳震盪を起こして溺れていただろう。
それから3週間。君の入った胎嚢を超音波の画像で初めて見たときに、僕は生きていて良かったと思ったんだ。

お母さんは少しづつスカートがきつくなって、ついにゴムの入ったスカートを買った。お母さんの体の変化で、僕は父親の責任を現実のものとして受け止めた。
昔は、子どもができたら70歳まで働かなきゃいけないと漠然と思っていた。
でも今は、君の無事なお産と子育ての体勢を整えなければならない。
大変だけど、とても嬉しく充実していた。
超音波の画像でも見えないほどだったから、僕は命がこんなに小さく弱いものだなんて知らなかったよ。もう実家の仏壇を拝むしかなかった。神社にも夫婦揃って行こうと思っていたんだが、色々ばたばたして後回しになってしまったな。神棚を拝んだくらいだな。

君を迎えるために、僕は本を買い、お母さんは図書館で本を借りた。
その中に、赤ちゃんの胎内記憶に関する本があった。幼児に生まれる前の記憶をインタビューして、それをまとめたものだ。
子どもは、赤ちゃんだけの魂が混沌としている世界から、両親を選んでこの世界に降りてくるそうだね。君はお父さんとお母さんを選ぼうか、きっと迷っていた。
僕は君が選んでくれるのを待っていた。お母さんの胎嚢にいる君の「乗り物」は、まだ受胎6週目で、君の意識が乗り移ってこれるまでの器官は完成していなかったんだ。

そんな中、金曜日の朝に、お母さんは「少し血が出ている」と言った。
「大丈夫だ、体が変化しているから、出血くらいする。赤ちゃんは今、俺たちを選んでるんだ。」「大丈夫だ。」
僕は先に出勤した。
昼におかあさんから、「超音波で見て大丈夫だった」と連絡が入った。
でも、帰宅すると、お母さんがいつもより早くタクシーで帰ってきて、とても疲れた様子を見せた。
そしてその夜中、君の「乗り物」は、お母さんの子宮の外に排出されてしまったんだ。
翌朝、産婦人科を受診したが、遅かったんだ。
君は魂の混沌へと、また戻ってしまったね。

君が僕たちを選んできてくれたお陰で、僕たちは大切なことに気づいた。
小さな命が、実は強いこと。そして、命がはかないこと。
魂の世界は死後のものでなく、君たち赤ちゃんがいる世界であること。僕の考えは、タナトスからゆりかごへと一気に切り替わった。
そしてお父さんとお母さんに、君を招き入れる能力があったこと。

二人を選んでくれて、本当にありがとう。
君の知っている弟と妹は、僕たちを選んでくれそうかな?
ひとまず僕たちは体調を整えて、命と再び向き合う準備を始めるよ。

シュン、君はただの受精卵じゃない。僕たちを選んで降りてきてくれた、尊い魂だ。
君が教えてくれたものを胸に、僕たちは生きる。
僕は魂と心の奥でつながっていると信じている。君の「乗り物」は流れても、君の魂は僕の心に住んでいるよ。
強さをくれて、ありがとう。シュン。

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