日記・コラム・つぶやき

2018年10月 7日 (日曜日)

家族ぐるみのお付き合い

夜、友人宅を訪問し、食事をごちそうになった。
素晴らしい建築と、温かいおもてなしに、感服した。
家内は友人の奥さんを心底尊敬したみたいだ。

昔話から今後のビジョンまで、くつろいで話し、終電で帰ってきた。
YouTubeで焚き火の映像を流してくれて、時間が過ぎるのを忘れてしまった。

次回はうちで開催予定。僕がカレーを作る。
カレー番長の基本のカレー本を買ってきた。スパイスも錦糸町で仕入れた。
近日に試作・試食予定。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 5日 (金曜日)

牛乳たっぷりのシチュー

思えば、しばらく牛乳を飲む機会がなかった。若い時と違って、冷たい牛乳をたくさん飲むと、お腹がゆるくなってしまう。
冷蔵庫にあった牛乳が賞味期限を迎えていて、シチューを作ってもらった。
シチューの素の箱には、水で野菜を煮込むように説明書きがしてあるが、これを始めから牛乳で煮る。
エマルジョンで煮るので、野菜は柔らかくなりにくいが、とろ火で時間をかけると完成。

熱々のシチューを食べると、なんだか眠くなってしまい、22時ごろには眠ってしまった。
翌朝は身体がだるく、起きるのが大変だった。でも一旦起きると、よくリラックスしていて、クリエイティブに頭が働く。なんだか熊のプーさんにでも変身したかのように思いが湧いてくる。

子どもの頃の味は、やはり心に効くようだ。セロトニンが放出されて、幸せ感一杯だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月23日 (日曜日)

秋のお彼岸2018

秋のお彼岸に、檀家になっているお寺に法要に行ってきました。
いつもは母と二人だったのですが、今回は家内も一緒に三人です。
過去のページを振り返ると、どんな思いや人生に接していたのか。食事をしながらそれを三人で共有しようと思っていたのですが、母が世間話を始めてしまい、なかなか叶いません。
空気を察した家内が、母と父との馴れ初めを尋ね、なんとなく50年前まで遡りました。

帰宅して すあま と おはぎ をほうじ茶で頂きながら、曹洞宗の法要に来てくれた家内と、家族の話をしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月19日 (水曜日)

母とラーメン屋に入る

果物を頂いたので、実家の母におすそ分けした。
駅で待ち合わせてランチをすることにし、何が食べたいか聞くと、ラーメンか餃子が食べたいと言う。
お店で食べたいが一人では入店できないので、自分でインスタントや冷凍のを調理していたそうだ。

家内と母と三人でラーメン屋に入り、醤油とんこつラーメンを食べた。
受けは良かった。
次回は地元の蕎麦屋だな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 4日 (火曜日)

エンライテンドとレジスタンス (Ingressより)

とにかく窮屈だ。
なんでも表の形に落としてまとめたり、カレンダーでスケジュールを調整したり、データベースを整備したり、何だか全ての諸行がAIへの代替の下準備のためにやっているのではないかと、被害妄想かもしれないが感じてしまう。
インターネットなどのテクノロジーが進んで便利になっても、この窮屈感はなんなのか?

あやふやな心、折れそうな心、迷う心。どんなに強い人も弱さを抱えていて、その人のバランスの中で危うく成り立っている。それをAIの効率性にどう合わせろというのか。

人生やこころは、システムエンジニアによって設計されるたぐいではない。

そういう時代の流れを憂う年配の方も昔からいた。僕もその仲間入りをしたのか?
インターネット・ネイティブ世代、スマホ・ネイティブ世代、そしてゆくゆくはAIネイティブ世代。でも世代は変わっても、人間のこころは変わらないはずだ。
若い奴らも、SNSの中に孤独を抱えたり、虚しさを感じたり、僕の「窮屈さ」に似たある種の感情を抱えているはずだ。

君だけじゃない。
君は一人じゃない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月20日 (月曜日)

東京に帰って思うこと

ほんの数日のカナダ滞在だったが、それでも東京に帰ってきて、なんとなく文化のギャップを感じる。
ユーコンでは、全てのリスクが自己責任だった。それに比べて日本に帰ると、良い意味でのお節介が横行している。電車に乗れば乗車マナーの広告が貼られているし、ラジオを聞けばお勧めの働き方改革を論じている。
焚き火を眺めて感傷に浸る世界と、AIと対峙し地球規模の気候変動を憂いる都会と、どちらが人間として正しいか、都会に帰ると正解があやふやになる。子どもにとっては自然が楽しい。でも大人にとっては視点を高く持つことも必要だ。難しい。
週が明けて、色々な生活習慣が回り始めた。ユーコンの大自然を見ていたのでは地球規模の変動までは想像が及ばない気もする。焚き火の感傷に浸っていては、アルコール摂取と健康の相関は忘れてしまうだろう。一方、AIに頼っても火を起こすことはできないだろう。命の危険を感じてヒヤリとすることもないだろう。
サバイバルやキャンプは僕にとって必要だ。
なぜなら、僕らとIndianは同じ血を引いているから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月16日 (月曜日)

日本科学未来館に行ってきました

日本科学未来館に家内と初めて足を運び、映画「9次元からきた男」を見てきました。
僕は2016年にも見ていますが、再度見ると色々考えさせられることがありました。それからScience of Ourselvesも書いているし。
家内に感想を聞くと、寝ていて分からなかったそうです・・・。

前回の時の記事はこちら

ASIMOのクールな動きも見ました。僕は歩き方がASIMOに似ていると言われました。







| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月14日 (土曜日)

旧友と再会

沖縄在住の同級生が東京に来るのに合わせて、集まれる人で飲みました。
僕はもう昔のようにベロベロに酔いません。
なんかいい感じです。
人生色々。でも皆んな変わらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジョギングシューズを新調しました

足道楽の大森店で9年ぶりに作ったシューズと中敷きが届きました。
こんどはミズノのモデルです。

足を測定してもらうと、やはり浮指は昔のままでした。姿勢が崩れていないからいいのかな。
これから、ウォーキングに、ジョグに、活躍します。

2009年の記事




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月12日 (木曜日)

エッシャー展を観に行ってきました・Ⅱ

6/22(金)に初めて足を運んだ時はゆっくり観ることができなかったので、休暇を取っていた今日の午前に、再度行ってきました。
見に行かれる方は、音声ガイドをご利用されることをお勧めします。背景が解説されています。
この日までに、僕はWikipediaでエッシャーの生涯について調べていたので、彼の内面に触れることができました。

エッシャーは兄の影響を受けて、結晶構造の原子配列や多面体の幾何学にどっぷりはまっていたようです。僕もその志向があるので、なんとなく分かります。自分の心を見失っている感じ、と表現しましょうか。
彼は結婚後奥さんをホロコーストで殺されました(Wikiより)。その後描いた数少ない奥さんの肖像画は、空にリンゴの皮の帯のように浮かんでいます。充填された曲平面でないです。エッシャーの世界は彼が創り上げたと人は言いますが、彼が心の深層に追いやった魂の悲しみ・無常感が、幾何学という表現法を通じて版画として現れたのではないか。それが僕のエッシャーの解釈です。

図録と絵葉書を買い、エッシャーの痛みを同じ人間として感じつつ、上野を後にしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧