夢のリスト

2018年8月19日 (日曜日)

ユーコン川をカヌーで川下り

バンクーバー国際空港から飛行機でホワイトホースに飛んだ。空港に降り立ったのは21時過ぎだが、まだ明るかった。ちょうど日の入りの頃だろうか。
ここホワイトホースに来た目的は、ユーコン川の川下りに憧れてだった。昔、野田知佑氏のカヌー行の本を読んでから、ユーコン川・川下りは僕のバケットリストに入っていた。今回は短い旅程だが、それを実現する。
ネットで申し込んだカヌーガイドは、Klondike Canoe Rentalsにお願いした。
途中、ホワイトホースダムの鮭の魚道を見せてもらった。ホワイトホースの水道と電力は現在ダムから賄っている。ダムで川の流れが堰き止められてしまうと、鮭の遡上が途切れるので、ダムの高低差を鮭が遡れるように、魚道(上り階段)をダムの横に設置した。鮭は人の思惑通りに魚道に入ってくれると限らないが、ここまでユーコン川を3000kmも遡ってくる鮭が水中に見えると、アラスカの自然の雄大さが伝わってきて、僕はすっかり小説の世界に入り込んでしまうのだった。現在ではユーコン川の鮭は稀少で、ファースト・ネイション(インディアンの血を引く人)でさえ鮭の漁はしないそうである。
二泊三日のカヌートリップの内、1日目はChadburn湖で操船の練習をした。二人乗りのカナディアンカヌーに、前方に家内が座り、後方に僕が座ることにした。
天気は快晴で、少し風がある。僕は慣れ始めると大きく操船したくなり、日本人ガイドのKさんと一緒に、湖の端まで漕いでみようと出発した。20分くらいで湖の端まで行ってしまっただろうか。いざ帰ろうとすると、車を駐車した接岸地点を完全に見失ってしまった。ガイドのKさんは半分呆れ顔だ。「本当に分からないんですか?」
僕は漕ぎながら焦り始めた。これは遭難とも言える。湖の真ん中で迷子になった。
ガイドのKさんは、もちろん場所を分かっていた。しかし、すんなりと誘導するのでなく、広い湖での遭難の恐ろしさを教えてくれた。水温は手を水の中に入れると、30秒しないうちに痺れてくる。カヌーがひっくり返ったら、岸まで泳ぎつけても、そこから救助が来るまで持たない。Kさんは衛星電話のビーコンをもっているようだが、それでも体温の低下はカバーできない。小さな湖とはいえ、無謀な操船による遭難は、死を意味するのだ。
僕は本番のユーコン川でも、ガイドから離れないように操船しようと誓った。
その初日の晩は、Marsh湖のキャンピングサイトにテントを張って野宿した。久しぶりのアウトドア生活だ。家内は意外とアクティブな人間で、多少風呂に入れなくても、自然の中で空気や景観を楽しめれば満足してくれる。ガイドのKさんと僕の男二人の間に、家内が空気を取り持ってくれて、「この夫婦はキャラが立ってますね」というまでに和気あいあいと過ごせるようになった。
19時ごろからKさんがガスグリルでサーモンとソーセージ(エルクとバイソンのもの)を焼いてくれて、炊いた白米と一緒に夕飯を食べた。旨い。三日間のメニューはKさんの奥さんが裏方で計画して食材をパッキングしてくれていて、家内はその几帳面さに驚いていた。このメニュー表は家内が今後の参考にさせてもらうと持ち帰ることになる。
緯度が高いので日の入りは22時ごろで、20時に夕飯の片付けを終えてもまだ明るい。焚き火で暖まりながら買っておいたウィスキーのお湯割りを一杯だけ飲み、朝が早かったので22時前にはテントに潜り込んで寝てしまった。家内は紙でできた星座早見盤を持ってきており、ユーコンの星空を見上げるのを楽しみにしていたのだが、この日は並んで寝袋に潜り込み、熟睡して起きなかった。

2日目の朝目覚めると、気温は5℃くらいだった。Kさんが起き始めると、まず焚き火を再着火してくれて、朝の澄んだ空気を楽しみながらサーモンとチーズのベーグルの朝食を取った。早発ちして一旦市街地の事務所に戻り川旅の食材を詰め直して、いよいよ街の外れの波止場から、ユーコン川へと漕ぎ出した。天気は快晴。風はほとんどなく、最高のコンディションだった。
初めは緊張して下り始めた。しかし、10分もすると力の抜きどころを覚えて、リラックスすることができた。家内も大自然の中でのクルージングを楽しんでいるようだった。ハクトウワシが空を大きく旋回し、景観はゆっくりと流れた。川面に目をやると、川底の石の移りゆきから結構なスピードでカヌーが下っていることが分かった。
鳥の声しか聞こえないゆっくりとした時間の中で、我々二艘のカヌーは会話をのんびりしながらユーコン川を下った。
操船に疲れ、トイレに行きたくなってきたあたりで、岸に接岸して昼食を取った。パン・チーズ・ハムの昼食も、疲労を回復させてくれた。プレジデントチェアと呼ばれる、アウトドア用の折りたたみチェアでゆっくりと休み、再びキャンプ地点の中州を目指した。
中州に上陸したのは15時くらいだった。朝に早発ちしていたので、時間には余裕があった。とりあえずテントを設営して、寝床を確保した。
Kさんが「このエゾマツ(spruce)の枯れ木は焚き木になりそうだから、切り倒そう」と言った。冗談で言っているんだろうと思ったが、Kさんは直径20cmくらいの枯れ木を、斧とのこぎりで切り倒してしまった。僕も倒れた木をのこぎりで半分に切断した。
落ちている枝を拾い集め、くぼんだ地面に木材の接点を集めて火を点けた。焚き火は一旦大きく燃え上がり、十分ほどすると落ち着いてくすぶり始めた。くすぶった丸太に枝をくべると、再度燃え上がった。そうして1時間以上、焚き火の火を見ているうちに、丸太は炭火になった。くすぶっているようだが、枯れ枝を加えると燃え上がる。炭火はメンタルな表現をすると、GRITだ。そして火というのはいつまでも見ていて飽きないのだ。無言で火の勢いを保っていると、時が過ぎるのを忘れ、だんだん思考が哲学してくる。勇気をもらっている。
その日の夕飯はTボーンステーキをガスグリルで焼いた。食べながらKさんの脱サラ・起業からの苦労話に耳を傾けた。この旅は、生き方に触れるたびだなぁと、話を聴きながら考えていた。ステーキと多めに炊いた米は、我々の腹に収まった。小雨がぱらついても空の雲は厚くなく、別にカヌーの遭難や転覆に比べたら命の危険に関係ない些細な事のように思えた。ガイドのKさんは、そう言う僕に何か変化を読み取った。
片付けを終えても20時過ぎ。まだ空は明るい。ただ少し肌寒くなってきたので、焚き火に当たって、火を見ながらボソボソと会話しながら哲学した。Kさんの自宅には薪ストーブがあるそうで、メンテナンスは大変そうだが、火を眺めながら過ごす時間はこの上ない贅沢な時間だと思った。僕は火を眺めながらウィスキーの小さなボトルを家内と飲んだ。Kさんは、ガイドは酒を飲まないと頑なに断った。ほろ酔いに焚き火のチロチロとした炎が時に燃え上がり、足元を遠赤外線が暖めた。この日はオーロラが見えるかもしれなかった。焚き火を見ていたら22時を過ぎ、白夜のような薄暗い空になり、焚き火はその明るさをますます増した。
気がつくと、川をモーターボートが爆走して去って行った。家内と二人で焚き火の側でウツラウツラしていたようだ。時計を見ると24時を過ぎ、空は暗く雲があった。オーロラ(northern lights)もペルセウス座流星群も見えず、僕らはテントに潜り込んで眠りについた。

3日目の朝は、気温は8℃くらいだった。トイレを済ませ焚き火を見ると、炭火は灰になって消えていた。
約束していた起床時間にKさんが起きてきて、焚き火を再着火してくれた。スモークソーセージが残っていたので、ナイフで枝から串を作って刺し、火で炙って食べた。パリパリにして食べるソーセージは、ウィスキーに合ったことだろう。火で暖まりながら朝のコーヒーを飲んでいたら、良い時間になった。朝食にブルーベリー入りのパンケーキをKさんが焼いてくれて、それを食べてテントを片付けた。
我々はゴール地点まで40分ほどの上流におり、一度カヌーを出したら、すぐに終点だった。途中接岸して、家内と前方・後方の座る位置を入れ替わった。しばらく家内が操船のレッスンを受けるうちに、ゴール地点にたどり着いた。最後に接岸・上陸し、家内と無事を祝ってハイタッチして、3日間のカヌートリップを終えた。
Kさんの奥さんが接岸地点に車で迎えにきてくれていて、カヌーを車の台車に収納して、最後のローストビーフ・ラップを食べた。
この旅は、野田知佑氏のようにユーコン3000kmを旅する人生に比べたら、瞬きのようなショートトリップであり、Kさんのようなガイドに100%依存したものであったことは認める。しかし、日常の情報に追われる生活から逃れて、火を眺めながら酒を舐めるという贅沢な遊び方を再発見させてくれた。また、インターネットとビッグデータの管理社会から、ナイフ・ロープワーク・火起こしが基本のサバイバルの入り口を見せてくれた。
僕の心の拠り所は、くすぶって赤外線と炎を放つあの炭火の中にありそうだと、おぼろげに思いながら、今短い旅を振り返って帰途に着いている。







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2018年8月14日 (火曜日)

カナダ・ヴィクトリアに滞在

バンクーバー国際空港からBCフェリーバスに乗って、ヴィクトリアに夕方到着した。
馬が客車をゆっくり引いて闊歩し、ミュージシャンがギターを鳴らして歌っている。リタイアした高齢の方もリラックスして過ごせる街と言われており、治安や居心地はすこぶる良い所だ。Zambri’sというイタリアンで夕飯。パスタとサーモン焼きを食べた。
翌朝から、家内の学生時代のホストファミリーに再会してお世話になった。
Ogdenpointのカフェでマフィンとコーヒーで積もる時間を共有し、防波堤を歩いて潮風に当たった後、Fisherman’s wharfを通って少しドライブし、ビーコンヒル公園横のRoyal BC Museumで、カナダの歴史を学んだ。
先住民の伝統工芸のデザインに興味を持った。思えば、僕の通った小学校の校庭にはなぜかトーテムポールがあった。多様性への柔軟さがそこで育まれていれば良いと思う。
俺はJapanese Indianだ。
この晩はホストファミリーのご自宅にお世話になった。飲んだお酒は合計でウィスキーのシングルを3杯。マッカラン、ジョニーウォーカーRed、ジョニーウォーカーExplorerだった。友情の証だ。
僕たち夫婦のバケットリストを一部共有し、ホストファミリーのシニアなバケットリストも少し見せてもらった。人生の大先輩なので、良好な夫婦生活のコツも伝授してもらった。
ホストファミリーが日本に来た時には、おもてなししようと約束した。

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2018年6月17日 (日曜日)

どうやって生きるか

家内に、「あなたの発言は言葉が鋭すぎる。一息置いて言葉を選べ。敵を作るな。人を傷つけるな」と言われている。
でも元々直線的な人間なので、直球をズドーンと打ち込んでしまう。
言葉を選んで言葉を飲み込むのは、自分を殺すことだ。
相手の顔色を伺って言葉を飲み込むのは、自分を殺すことだ。
自分を殺してうわべを繕うことは、相手を裏切ることだ。

そんな俺の、今の頭の中:
・どうやって飯を食うか
・どうやって家族を養うか
・音楽との向き合い方

竹原ピストルの歌を聴いて思う。
・ミュージシャンとしての人生を歩む深み
・写真家としての人生を歩む深み
・友人の人生の深み
・家族の人生の深み
・俺の心の底に住む子ども

今日、40年欲しかったハーモニカを、ようやく買った。
「どうせ練習しないんでしょ」と言われたが、俺に買ってやった。

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2018年4月 7日 (土曜日)

今の自分 - 2018年

2009年に、自分の自己評価を六つの軸で行いました。
家庭と健康の軸に難があった。

過去記事

今回は、「家庭」「仕事」「教養」「財産」「趣味」「健康」「魂」の7つの軸で、今の自分を自己評価してみます。

家庭:相方という家族ができ、今のところ円満。
仕事:ストレスはあるが、やりがいを感じている。
教養:読書は続いており、学会にも入会し、好きな執筆も個人的にではあるが続いている。
財産:将来の家族を養うには、70歳まで働かなくてはいけない。ライフプランニングにファイナンシャルの意味合いを持たせたら、余裕がないことが分かった。酒代を貯蓄しよう。
趣味:今は、テニスで汗を流し、ギターで音楽を楽しむ余裕がある。
健康:相方の支えがあって、血液検査の結果は緑信号に治った。テニスもでき、ストレスの解消法も酒に逃げずポジティブだ。
魂 :Science of ourselvesを書き、また家族と魂を共有している。

9年前よりも、人生確実に充実しています。財産が実は弱いことが判明した。

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2018年1月31日 (水曜日)

音楽は楽しむためのもの

新年になって、ずいぶんギター演奏からは遠ざかっていました。
でも月2,3回、レッスンに通って先生とギターを何となく鳴らして雑談しています。
 
ギターを習い始めた頃は夢中になって、音楽を通じてどうやって自己実現をしようかと考えていました。
今新しい生活を始めてみて思うのは、ギターをあきらめるのではなく、細々とでも続けようということ。折れない心: GRITです。
 
音楽は楽しめればそれでいいと思うのです。音楽の目的は、楽しむことなのです。
挙式の準備をする過程で BGMの選曲をしたのですが、そんな小さなプロデュースもとても楽しかった。
音楽の楽しみ方は幅広く、楽しければそれでいい。
音楽が隣にあれば、生活に彩りと香りが加わる。
 
肩肘張らないスタンスで、今後も音楽を楽しんでいこうと思います。
 

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2012年10月 7日 (日曜日)

宇宙美術館

伊豆高原には、趣味が高じたのか、変わった美術館が沢山建っています。個人で運営している所がほとんどで、国立美術館の様な規模はもちろん望めません。

岩崎一彰さんの宇宙美術館も、そんな個人経営の美術館の一つ。ここには、岩崎さんが描きためた宇宙細密画の原画が展示されています。

小学生の時、僕の生き方に影響を及ぼした宇宙の図鑑は、岩崎さんの宇宙画で綴られていました。見た事のある絵も何枚かありました。現在は時代が進んでいて、ハッブル望遠鏡のデジタル映像も精細なCGによる宇宙の表現もあります。でも何か絵の方が想像力を書きたてられます。映画より小説の方が面白い、そんな感じです。

館内にプラネタリウムが設置されており、貸し切りで20分上映してもらいました。個人でプラネタリウムを持つのは大変だという事が良く分かりました。演目は「星の一生」でした。天文学的な時間スケールに慣れたところで、カーテンが開き、絵葉書を買って帰りました。

館長は今は横浜に住んでおられて、たまに車でこちらを訪れるとの事です。

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「衛星テチスから見た土星」

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2012年1月29日 (日曜日)

宇宙の絵

僕が科学を志すきっかけになった、岩崎一彰氏の宇宙の精細画。

ハッブル宇宙望遠鏡やCGの無い時代、岩崎氏の絵は、少年の心に果てしない好奇心を生み出してくれました。

http://youtu.be/WuOBDarqSEY

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2012年1月20日 (金曜日)

タイムライン

独身とはいえ、三十代になってから生活や考え方がどんどん変わって行き、鬱の気分も手伝って「自分史」をパソコンに残そうと思っていた。

今日は夜遅い大事な電話を待っているので、その時間に文章の執筆に着手してみた。

しかし、、、後ろ向き過ぎてやってられません。

これは、今話題のエンディングノートと同じです。目次だけ大まかに書いて終わりにします。人生の厚みを、薄っぺらい文庫本と言う切り口に落とし込んで、何が楽しいっていうんだ。

  

40年生きると、色々ありますね。自分史も日記も、お気に入りの曲のリストも、ブログもツイートも、厚い人生のある一つの切り口でしかない。そして、この先さらに厚い人生が待っている。

今に集中して前を向いて生きて行かなきゃ。やってられません。

  

人間って素晴らしい存在だなぁ。出会いって素晴らしいものだなぁ。

  

少し豆が古いけど、コーヒー淹れようか。

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2010年7月22日 (木曜日)

時間エレベーター

沖縄の初日の夕方、海で遊んでいたら、大きな虹が掛った。写真には上手く撮れていないが、虹の外側にもう一本虹が掛っていた。

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海の中で跳ねながら、甥が唐突に亡くなったおじいちゃんの事を聞いてきた。生死について、「生まれたら、いつか死ぬんだよ」と話した。

その夜、テレビで流れたサッポロ生のCMで、妻夫木聡が大人を旅するエレベーターで仲代達矢演じる77歳の自分に会いに行った。「一番大切なものって何ですか?」「今この瞬間です。今この瞬間を大事に生きることです。」

  

エミコ・スティーブのブログを見ながら、免疫療法の効能に願いをかける。

間寛平のアースマラソンのブログを見ながら、元気をもらう。

NPOで活動するシニアに感奮される。

眠って、朝を迎える。起きると志は磨き直されていない。

仕事で凹み、終業後晩酌をする。

  

今日はメモに留めておこう。

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2009年9月20日 (日曜日)

ライフ・イズ・ワンダフル

自転車のブルースの世界にのめり込むきっかけとなったエミコ・シールに、癌が再発してしばらく経つ。これまで彼女の行動・言葉に励まされてきた。生きる素晴らしさをくすぐられた。今そのエミコさんは旦那のスティーブとの人生を、別れを意識しながら沈み迷っている。

折りたたみ自転車で日本一周中のHANAは、ヒッチハイク旅での出会いに感動し、人生の素晴らしさを皆に発信している。旅が始まってから、包容力と眼力を成長させ、人間の根に自分で養分を与えて美しい花を咲かせようとしている。

同世代の友人達は子育てと家庭、仕事に奮闘しながら、次の世代の根に養分を与えている。

  

ここの所、色々心を傷めることが続いて、タバコにも手を出し、二ヶ月で3箱くらい吸ってしまった。天気の良い日曜の朝、最後のタバコを吸って、残りをひねり潰した。喫煙は死の中に沈み、黄昏る行為だ。こんなに必死で生きている人がいるのに、まだ何でもできるエネルギーがたくさんあるのに、黄昏ている気持ちの方向は死を向いている。こんな馬鹿な事があるものか。

快晴の朝に洗濯をしながら、生きる素晴らしさを予感した。

HANAのブログで知った曲。エミコさんに送ります。届け!

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