自己啓発

2017年8月 8日 (火曜日)

家庭を持つことについて

これまで、スポーツを父に、音楽を母に、子供心を養ってきた。
その余裕は無くなってきた。
 
先日、クリニックで精子の状態を診断してもらってきた。モニターに映された顕微鏡動画には、俺が泳いでいた。
 
相手のいる話なので難しいが、自らが父親となって、子供心は子育ての中で養う方向性で生きて行く。
命を授かったら、赤ちゃんが両親を選んで産まれてくれるだろう。
心配だった自分の先天性の病気の遺伝率は、統計上2% と分かった。
 
 
同時に不安が湧いてくる。22年間の養育費の稼ぎ、健康年齢、家族の高齢化・・。
 
 
 
という訳で、
ギターは、細く長くできる範囲で続ける程度。カリキュラムは縮小する。もしくは休止する。
テニスと散歩で、健康年齢をメンテナンス。禁酒も必須。
睡眠の質を悪くさせない。
不安を考えず、できるだけ今現在に集中する。
 
 
背の立たない海を漂流しているイメージを持っていたが、相方とイメージの描き直しを行った。
 

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2017年8月 2日 (水曜日)

仕事人生のリセットボタン―転機のレッスン / 為末大・中原淳 (ちくま新書)

大企業に就職して、だいぶ茹で上がってきた。
登りのエスカレーターに乗ったつもりが、いつの間にか行き先が下りになっている。
ただし、この先、70歳までは健康で働かなくてはならないだろう。
この秋で47歳。これから家庭を持つつもりだ。
高齢化社会にも順応しなければならない。
 
アスリートのキャリアは、20代という若い年齢で、引退を考えさせられるという。
スポーツという一芸に秀でる努力や思想も、一般の想像を超えている。
 
この本では、中原氏が聞き役になって、陸上で活躍した為末氏のキャリアの考え方を紹介している。
本のタイトルは「リセットボタン」となっているが、読んでみると、バスケットのピポットターンの様に、軸足を固定してキャリアの試行錯誤を試すことを勧めている。
 
今リセットボタンとピポットターンの答えは無いが、70歳まで心身ともに健康で働くために、社会人として暗中模索を続けていく。

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2017年7月 1日 (土曜日)

日本リスク研究学会のシンポジウムを聴講

先日、自己啓発のために私費で「日本リスク研究学会」に入会しました。
今回のシンポジウムは学会のイベントで、自分は初参加になります。
このシンポジウムは『社会は新規技術のリスクにどう対応すべきか:事例から学ぶ』と題しており、4人の研究者が先端技術の紹介をしながら、技術のもたらす恩恵と、両刃の刃のリスクを解説しました。
学会のイベントの常連さんにはなれそうにありませんが、今回のシンポジウムは、普段のニュースの読み方に一つの指針を示しました。
最新技術を使わないまでも、自分が暮らしていて思うのは、日常生活でリスクは至る所にある。
大事なのはリスクを把握してテイクしていけるかだ。
冒険しないと、成長もない。
生きることは、リスクを取ることだ。

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2017年6月 7日 (水曜日)

健康に働き続けるために

これまでは、内面(アーティスト・チャイルド)を育てるために、ギターを弾いてきました。また、挑戦心を維持するために、テニスを続けてきました。自分の子ども心に対する、良い両親を振舞ってきました。
最近、心境の変化が生じてきたので、ここにメモしておきます。
家庭を持つことを意識するようになって、自然と高齢まで健康に働くことが必要になっていることを実感します。
今年47歳ですから、20年プラスすると、70歳くらいまでは家族を扶養することになりそうです。もちろん人生設計は一人では決められませんがね。
そんな時、心身ともに健康で働くことは重要です。やはり僕の場合、鍵は酒を控える事でしょう。
というわけで、禁酒して3ヵ月。時々、場面に応じて飲んでいますが、ぐっと抑えて、体重も血液検査も良い感じに治まってきました。協力してくれる友人達と相方に感謝です。
 
そして、仕事を通じて成長の実感を得ることも、大切です。今ある環境で、成長可能なことはもちろん実践していきます。そして、シニアで社会の中で活躍するための伏線も、踏み出していきたいです。
ようやく自己啓発っぽい書き込みになってきました。
今のギターとテニスの時間の使い方は、遊ぶことが最終目的ではなく、心身の維持が大切であることを念頭に置いて、続けていきます。もちろん、上手く遊びを楽しみます。
大人のすうらいから、心の内側が消えることはありませんから。

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2016年4月 7日 (木曜日)

働き、歌い、走る。

リフレッシュ休暇の旅行中、色々な人に会ったり本を読んだりして、様々な価値観を大切にしながら生活を営んでいる人々の生き方を見てきた。それぞれに憧れる生き方であって、その人のこだわりを見ると、なんだか自分が若いときに置き忘れてきた、大切なものを活かしているんだなと、羨ましくなる。
と同時に、自分はどう生きるべきかという命題ももちろん考えた。一回の人生を精一杯生きることが大切であると思うのだが、では「精一杯生きる」というのはどういう状態であるのか、ということも考える。
やはり行きついた理想は、命をリレーする、家庭で子供を育てるという生き方であった。しかし、以前にも述べたが、愛の無い結婚はしたくないし、家庭目当てだけの結婚は不幸であるという持論は揺るがなかった。
では、独り者の持ち時間、どう生きていこうか。
そう思いつつも、就業後の大切な持ち時間を、酒を飲んで潰している自分に気づいていた。アル中なのか身の修め方が未熟なのか、ついつい飲み過ぎ、酔い過ぎていた。
 
ギターを習い始めた三年前、好きなことを仕事にできたならと漠然と夢を見た時期もあった。演奏することは楽しく、弾きながら歌うことも楽しい。
しかし、音楽学校の世界の中で何年か過ごすと、ギターで生活の糧を得るには、自分はあまりにも力不足であることが身に染みて分かってきた。一つには手指の不器用さがある。しかし致命的なのは、継続的な努力を続ける根気・基礎胆力が不足しているということだった。限られた時間を練習に充てる機会が少ない。酒を飲んで一日がストップしてしまうことが多くあった。
今年もゴールデンウィーク明けに音楽学校のライブに出場させてもらうのだが、その演目を練習していると、自分のギターとボーカルの下手さ加減に、本当にモヤモヤする。ステージに立つものとしてのルックスが悪いのは、もうフォローのしようもないが仕方ない。「売れたい」という気持ちで音楽をするのではなく、「楽しもう」という気持ちで音楽をしようとは決めているが、それにしても自分で弾き語りの練習をしていて、これをチケットを500円で買ってくれて聞いてくれるお客さんに恥ずかしくないのかという憤りがどこかにあった。自分が楽しければいいや、と開き直ったりもするのだが、やはり下手さ加減にモヤモヤして、ありたい姿とのギャップにため息が絶えないことがいつもあった。
オリジナルソングも作れたらいいなと思いつつ、なかなか制作に取り組む姿勢を取ろうとしていなかった。
 
とにかく、行き詰ってしまったのである。
 
一方で、フルマラソンを完走したいという、意地にも似た夢を捨てられず、しかし体は動かしていない(飲酒)という日々が続いていた。奮起してジョグをしても三日坊主。
体力面の維持のために続いているのは、日常の歩行とたまのテニスくらいだった。テニスは実業団の試合で勝ちを経験したいという思いを持っていて、機会は増やしたがなかなかうまくならない。
やはりテニスの世界でも、一般人のレベルは抜け出せないのだ。
 
そう思う中、テニススクールに週1回通うことにした。会社のテニス部の活動を加えると、週に1回か2回はテニスをできることになる。ギターは週2回レッスンの日取りに収束させた。
昨日はテニススクールでの初めての体験レッスンだった。入会者をクラス分けする、レベルを見る回で体を動かしてきた。
感じたことは、汗をかくことが気持ち良いということ。そして、運営せずにテニスを習うことは、酒を飲む以上に楽しく、無為な時間を過ごすこともないということだった。
テニスを終えて帰宅後に缶ビールを1缶飲んだが、適量と言える。
 
働き、音楽を鳴らし、スポーツを楽しむという、自分の奔放な生き方の途上にいる。
この延長上に、好きなことを仕事にするというプロフェッショナル性はなく、また家庭で子供を育てるという「命のリレー」の視点もない。
しかし、酒に溺れて時間を潰すだけという生活より、「精一杯生きている」気はしている。
 
そんな価値観の中を生きながら、家族や友人と胸襟を開いて本音で話し合えれば、孤独とはなんと輝かしいものなのだろうか。

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2016年2月28日 (日曜日)

東京マラソン2016を観にいきました

花粉の飛散が顕著になり始めた快晴の日曜日、今日は東京マラソン2016でした。朝、ラジオでそのことを知り、自分は自分なりに軽く自主ジョグするか、それとも応援観戦に行くか迷ったのですが、結局フィニッシュ地点の東京ビッグサイトに行きました。
セキュリティチェックの後に、フィニッシュロードに設置された応援ベンチに座ることができ、そこで3時間ほど粘って、フィニッシュ門限の7時間(16:10)までマラソンを見ていました。
 
僕がジョグできるペースは、9-10min/kmです。単純計算でこのペースで42kmを走ると、6時間半-7時間かかる計算になります。フィニッシュ門限ギリギリで歩いてくる人たちは、僕が努力を積み重ねてゴールできた時の目標の姿ということになります。
 
フィニッシュロードはゴールが見えているので、みなさん最後の力を振り絞って速く走る方も多いのですが、疲労困憊して歩きながら写真を自撮りしている方も多くいました。でも、ジョグしている人は、やはり9min/kmのペースで最後まで7時間走りぬいていました。
フィニッシュ地点しか見ていませんが、ここまでたどり着くまでに幾つも関門があり、そこで涙を飲んでリタイヤした方もいたことでしょう。ラストランナーは、6時間59分でフィニッシュしました。
 
昨年、50歳までにフルマラソンフィニッシュとの目標を掲げていましたが、現実はいつものジョグを7時間続ける体力以上のスタミナが必要ということになります。
公式大会だから門限時間があり、自主フルマラソンで非公式のフルマラソンしても良いのかもしれませんが、とにかく今日は生で見て、現実の厳しさを知りました。
 
一方で、自由に楽しく、ジョグで体を動かすことを楽しめたらそれでいいじゃん、という考え方もあります。でも、病弱だった幼少時代の「お前には無理だ」という無言のメッセージを見返してやりたい気持ちも一方であります。
今は1時間走ることが限界ですが、これを7時間に延ばせたらフルマラソンを完走できると信じ、楽しみながら健康生活を送れたらいいなと思いました。
 
 
 
日の傾いたフィニッシュロードに、続々とランナーが入ってくる。
 
フィニッシュの瞬間に、疲労困憊したランナーもおそらく笑顔を見せているだろう

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2016年1月 1日 (金曜日)

2016年の抱負

色々あった後に風邪をこじらせ、元日は風邪薬と新聞をコンビニに買いに行った以外、外出せず寝ている状況です。
 
毎年、大晦日から元日にかけて、新年の抱負を自分なりにまとめて、初詣に参じるのが習慣となっていました。昨年喪中だったため、初詣も無しです。
振り返ってみると、大きな目標と散らばった課題を抱えながら、日々を過ごしてきた一年だったな、と思います。
2016年の抱負は、残念ながら描けていません。
ただ一極集中の目標をボンと掲げるのも、色々な方面での成長を目指す自分のスタイルには、帰って自分を見失うことになりかねない。
 
ざっくりと今考えていることをメモしておきます。
最近までは、自分の内面に潜ってきました。例えば、自転車にはまったり、ギターにはまったり、マラソンに挑戦しようと思ったり、日本天文学会に入会したり。全ては、自身の子供心を大きく伸ばしてやろうとする行動だったと思います。心理学的にいうと、母親的な行動なのかな。
今後は、外側への旅をしてみようと思います。父親的な行動をしながら、自分自身も楽しもうと思います。外側への旅とは、遠いところに旅行するのも手ですが、もっと足元の外側。家族や友達、地域のコミュニティなど、他人に自分の本心をぶつけたうえで他人と理解しあう、というところを意識しようと思います。心の友を大切にします。小学生レベルの話に聞こえるかもしれませんが、八方美人でお調子者の自分には、これがうまくできていません。
 
箇条書きの抱負ではありませんが、現時点で考えている将来の方向性は、こんな感じです。
だから、見合いは絶対やりたくありませんので。(笑)

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2014年12月27日 (土曜日)

三浦雄一郎の肉体と心 / 大城和恵 (講談社+α新書)

80歳でエベレストへの三度目の登頂を果たした、三浦雄一郎氏の人間像に迫る内容。国際山岳医として、エベレストへの同行スタッフを勤めた著者が、一時はメタボなおじいさんだったという、冒険家の素顔と冒険への取り組みについて記している。

 

自分の私的な話に戻るが、飲酒の習慣が戻って、肉食にも傾き、僕の内臓脂肪は三年前の超メタボ域にまでリバウンドしていた。食欲と眠気の繰り返し、そこに酒を重ねる。毎日のレコーディングでは、基準の1000kcalオーバーを毎日続けていた。

クリスマスイブは、居酒屋で一人酒を飲んで過ごした。泥酔して、感覚的酒量の割に、翌日は夕方までベッドから起きられない状況になり、血液検査を念のために受けた。生活習慣を変えるきっかけを、医者の叱責に求めていたのかもしれない。しかし、血液の値は全く問題なし。肩透かしを食らった格好で、本書を一気に読んだ。

そうか。エベレストを登った冒険家も、心臓の不調とメタボと付き合って、長期のスパンで偉業に向かって努力したんだ。僕はまだ44歳、5年後も50歳手前。まだばん回の時間はある。

■身体:50歳でフルマラソンを完走(完歩)する。

■音楽:30分弾き語り・演奏を続けられる演奏力を付け、屋外単独で胆力を鍛えた後に、小児病棟や老人ホームでチャリティ公演を実現させたい。

世間では小さな目標だが、僕の心の中ではその頂上に何かがあるような気がしてならない。

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2014年1月 4日 (土曜日)

あけましておめでとうございます

実家にて甥・姪たちと共に、新年を迎えております。ギターがあると、子供たちとのコミュニケーションもスムースで、聴いてくれるのも嬉しいし、ギターに触りたい・ピアノを弾きたくなったなど、音楽の連鎖が起きるのが楽しいです。

まだ初詣は、地元の洗足池八幡宮に行っただけで、毎年通っている幾つかの神社には行けていませんが、甥・姪と曾祖母にも会えたし、ご先祖様が助けてくれるかなと少し思います。

 

今年度の抱負

・自分の仕事の場は勉強の場だと認識すべし

   仕事の幅を拡げるための読書と真面目な雑談を、就業中・プライベート問わず行います。端末の前で待ちの姿勢を作らない。5分のすきま時間を有効に使えるように。

 

・ギターの練習と体力の維持

   ギター練習を1時間、ウォーク・ジョグを1時間。そのために一人酒はノンアルコールビールに決める。

 

・レコーディングダイエットの継続

・友人へのマメなメール連絡

   自分の放置癖を戒める。

 

本年もよろしくお願い申し上げます。confident

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2013年3月 4日 (月曜日)

復興

ボラの友人が「号泣だった」と評していた、東日本大震災の遺体安置所での出来事を描いた映画『遺体』を見たのだが、うまく涙を流すことができず、しかし深い悲しみに引き込まれて、沈んだ日曜日を過ごしていた。映画館から外に出た都会の雑踏が不思議だった。震災から2年の3.11まで約一週間。これで被災者の方と近い気持ちで黙祷できるだろう。

ボランティアは生きる方々に協力する修養の場。元気を与え、元気をもらう。生きていれば、苦しくても前に進める。「生きてるだけで丸もうけ」と、BEGIN&アホナスターズが歌っていた。

先週まで、東京に来るべき大震災が来た時に、どんな人間関係で生きていればいいか悩んでいたが、意外と答えは簡単。生きていれば、なんでもできる。

 

ちょっと今月はスケジュールが厳しいが、また被災地ボラに行こう。そして、自分のミッションへの思いを明確にしていこう。思いは座っていても深まらない。行動してふと気づくことが多い。

また南相馬ボラセンのセンター長の朝礼の訓示が聞きたいな。それから数年のうちに洗足池の近くに住みたい。秋祭りには毎年参加だ。

あちこちにある、コミュニティ・レストランやコミュニティ・カフェにも足を伸ばしてみよう。やるべし。

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