本棚

2019年10月13日 (日曜日)

50歳の衝撃/ 山本直人(日経BP社)

アラフィフの会社員が直面した葛藤の物語が紹介されている。

本書では、仕事と生き方・家庭などの切り口で物語が紹介されている。

僕の世代では、少子高齢化にともなう高齢労働や、親の老老介護、遅かった結婚など、様々なリスクとさらに葛藤せねばならないので、あくまでも物語として読んだ。

 

僕もあと一年で50になるが、50代は怒涛の時代に突入しそうだ。

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2019年9月29日 (日曜日)

ニッポン2021-2050 / 落合陽一・猪瀬直樹 (KADOKAWA)

新進気鋭のメディアアーティスト落合陽一氏と、作家から転身して官・学の世界でシビアな状況でも活躍された猪瀬直樹氏が往復書簡の形式で対談している。

今、日本は2020年のオリンピックで思考停止しているように見えるが、その先の長期ビジョンを考えるために、どんな思考や生き方が求められるか、話し合われている。

 

自分の中で腑に落ちる結論は出ないのだが、幅広い人と対話を繰り返してリスクを取って行動する必要があることは間違いない。

このままでは自分にも未来が無い。なんとかしなければ。

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「こころ」はいかにして生まれるのか/ 櫻井武 (講談社ブルーバックス)

副題に、最新脳科学で解き明かす「情動」とあるように、脳科学と全身からのホルモンの働きによって、人の情動が生まれるメカニズムを解説している。

 

僕は割と感情の起伏が平坦だ。淡々としている。辛いことがあっても、顔に出さない訓練を小さいことから続けたせいだと思う。これにより「心無い」と言われたこともある。

僕は大脳皮質の新しい脳が、大脳辺縁系の古い脳の情動を抑えているのかもしれない。

この古い脳の、下等生物の俺を解放しようと思っていたところ、この本を買っていたのを思い出して読んでみた。

 

AIにできないもの、例えば「愛」や「恋」について、小説になったものを見るとたくさんの世界が開かれている。これを一概に、オキシトシンというホルモンや報酬系という脳の仕組みに分解して理解することは難しい。

神経伝達物質の仕組みを科学のメスで解明しても、それは「愛」を理解したことにならないだろう。

 

個人の脳と身体で完結できないコミュニケーション、人間との関係性と情動のすれ違いを、今後とも人間力として磨く必要がありそうだ。

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2019年9月23日 (月曜日)

0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書/ 落合陽一(小学館)

しばらく読書をしていなかった。

いつも同じようなことを考えていると、低空飛行のGRITではあるものの視野が狭くなってきたように感じるので、積ん読だった30冊ほどの本に手を付け始めた。

積ん読のほとんどは、何かにインスピレーションを得てネットで買った紙と電子版の書籍だ。買った時はインスピレーションをもらったが、消化しきれずに積み上げたままになり、忘れ去られた本である。新しいものをさらに買い足したいが、とりあえず読書をしようという気分になったので、積ん読から紐解いてみる。

 

さて、標題の本は新進気鋭の研究者の、自伝というか教育観というか、教科書というよりもエッセイに近い感じの本だった。

僕がこの本で好きだったところは、著者がおばあちゃんに鮎を食べさせてもらって感動したというくだりである。「五感で感じる」ことの重要性を述べており、僕自身にも少なかった自然の中での遊び、勉強とは違った遊びの中からの学びが、大切であろうと思う。

 

落合陽一氏の本はもう一冊積ん読されているので、後日取り掛かる。

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2019年7月 1日 (月曜日)

ネガティブ・ケイパビリティ/ 帚木蓬生(ははきぎほうせい)(朝日新聞出版)

職場の人事畑の上層部の方が、本書を紹介していた。気になって書き留めていたものを、今になって読んでみた。

ネガティブ・ケイパビリティとは、どうにも答えの出ない、どうにも対処のしようのない事態に耐える能力を指す。

著者は精神科医で、街で身の上相談のようなことまで、相談に来る人の話を聞いているらしい。薬を処方するわけでもなく、話を聞いていることしかできない状況が長く続く。以前読んだユング派の河合隼雄先生の本にも、患者の話を聞いてフムフム言っていると、よほど危険な状態でない限り患者の自己治癒力で改善することがあると書いてあった。

答えは出ないけれど、その状況を受け入れて逆境を耐える能力が医師も患者も必要となる。

その能力が必要とされる場面や、現代社会に求められる教育と寛容などについて書かれており、自分としても結論付けないでおくが、読んでみてよかった。

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2019年3月 3日 (日曜日)

食べるから入る東洋医学

家内が運動不足のため、ヨガをやってみたいらしい。その家内と色々話しているうちに、思い出した。
スパイス料理を勉強しようとした時に、アーユルヴェーダの本を買ったこと。同時に中国漢方の食膳の本も買っていたこと。実際に料理してみると、アジアンな食卓より玄米中心の和膳を自分が求めていたこと。

当時本を買った時に考えていたことを思い出すと、東洋医学をサイエンスで理解できたら良いなぁと思っていたのでした。
ちょっと、当時の本をパラパラめくってみて、極めることはできなさそうだが興味が湧くので、このScience of ourselvesのカテゴリに、ノートを記していこうと思います。

積ん読の蔵書の整理:
インド伝統医学で健康に! アーユルヴェーダ入門 / 上馬場和夫・西川眞知子
体質・症状・年齢別 東洋医学で食養生 / 高橋楊子・上馬場和夫・高城順子・ ミラ=メータ
基本としくみがよくわかる 東洋医学の教科書 / 平間直樹・浅川要・辰巳洋
病気にならない最新の食事セラピー 安保徹の食べる免疫力 / 安保徹・検見崎聡美
マクロビオティック からだの内側から美しくなる 玄米と野菜のレシピ / 日本CI協会
みそ汁はおかずです / 瀬尾幸子

食療法だけでなく、ヨガなど東洋的な深みも、こちらのカテゴリに記録していきます。

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2019年2月24日 (日曜日)

「国境なき医師団」を見に行く / いとうせいこう (講談社)

ネットでの連載を読もうとした時期があったが、アクセスを定期的に続けられずに、今になって単行本を読んだ。
国境なき医師団(MEDECINS SANS FRONTIERES; MSF)の活動に同行したルポルタージュが小説風に書かれている。

思えばMSFの存在をきちんと知ったのは、NPO法人「宇宙船地球号」の山本敏晴さんとの出会いからだった。10年前になんとなく地球のために何かしたいと思った僕は、山本さんによる企業のCSRプロジェクトにボランティアで参画した。業界大手のCSR報告書を読んで、企業を格付けするといった作業だった。今で言うESG銘柄選定の走りだった。
その作業を手伝う時に、山本さん本人の国際協力師としてのキャリアが、国境なき医師団への志願に始まっていたことを聞いたのだ。
国際協力師への転職にも一時気が向いた。しかし、健康状態を損ねており服薬が必要だったため、CSRという間接的な形で地球に貢献することにした。

話を今回読んだ書籍に戻す。MSFのルポルタージュから、現場のスタッフが医師だけでなく、物資の補給を担うロジスティクスや、言葉や文化の仲介者から成っていることを知る。医師でなくても、健康で意志があれば、年配でも志願し採用されることがあるのだ。
ただし、役割の環境は心身ともに過酷だ。
それを善意と良心、仲間意識で乗り切っている。人のために尽くそうとする善意の熱がそこにある。

受け売りではMSFの国際貢献の世界がうまく伝わらないので、興味があればぜひ本書を手にとってほしい。
僕はしばらく日本で働いて、給与のごく一部を募金してロジスティクスに微力だが寄与する。

MSFは世界の弱者の傷に絆創膏を貼り続けている。政治そのものは動かせない。しかしそれでも、弱者は生まれる。
この難民たちは、もしかすると自分だったかもしれない。

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2019年2月17日 (日曜日)

日本の伝統 発酵の科学 / 中島春紫 (講談社ブルーバックス)

先日の手前味噌作り体験から掘り下げて、発酵についてのイロハを勉強してみた。
化学はある程度分かるが、食育と微生物について知識がないのを実感。

醤油・味噌にはじまり、日本食は発酵食品をふんだんに用いている。その製法に作用する微生物と化学反応を知り、楽しくなった。
そういえば、昔自分で泡盛を作りたいと考えたことがあったっけ。酒造にも見学に行った。

近年は機能性の食品がたくさん出ているが、行政のお墨付きをもらわなくても伝統的な食品が古くから食されている。
この世界は飲食業・料理から農業・漁業・畜産業に至るまで本当に奥深い。服部幸應先生や小泉武夫先生の知恵を、もう少し家内と享受してみようかな。

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2019年1月21日 (月曜日)

きげんのいいリス / トーン・テレヘン (新潮社)

大人が読んでもなんだかクスリと微笑ましい、動物たちの童話。
著者のシュールな人間観察が、動物たちで表現されたような章がたくさんある。謎めいた章もある。
休日と夜の眠る前に読んだ。なんかいい。

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科学者はなぜ神を信じるのか / 三田一郎 (講談社ブルーバックス)

宇宙を記述する法則を見つけてきた科学者が、どのようにその時代の神や宗教と向き合い、本人の信仰の拠り所をどこに置いてきたのか、コペルニクスからホーキングまでの実例をあげて分かりやすく論じている。

物理学者の呼ぶ「神」とは、宇宙の創造主の意味合いが強いようだ。
現在のゲノムの医療でいうと、生物の創造主「神」が科学で説明されるようになってきている。
自分のブログで執筆中の意識の工学は、「神の意思」そのものを科学で説明できないかという、宗教的には不謹慎極まりない考え方だ。

しかし、かといって僕が神を信じないかというと、そうではない。正月には初詣に行くし、お彼岸にはご先祖の供養をする。
神を科学の考え方で理解できるようになるのは、もっと先のことだろう。
きっと答えは未来にある。
僕が地球でブログを書いているのも、きっと未来になにか使命があるんじゃないか?
そうだとしたら、その未来の科学史を創られたのも、僕の信じる神であろうと思うのだ。

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