Science of Ourselves

2018年3月24日 (土曜日)

連載: 私たちを科学する(6)

◾️地球の声に耳を傾けよう

地球のエコシステムにもし意識が宿り、それが集合的無意識の深い深層でつながっているならば、あなたの意識と地球は連動しています。

風の音があなたに語りかけてきませんか?
スコールのような雨に水の循環を感じてください。
うっそうとした森に、精霊が宿っているのを感じませんか?
砂浜に打ち寄せる波は、優しくささやいていませんか?
サンゴの海に息づく魚たちの営みが、陸から見えないところで繰り広げられています。

あなたが理解しなくても、あなたの意識の深いところ、集合的無意識であなたの心と自然はつながっています。

(第1章終わり: 深呼吸をして次の時代を待つ)

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2018年3月19日 (月曜日)

連載: 私たちを科学する(5)

◾️集合的無意識

ユング派の心理学の本を読んでいて、僕は個々の心の底の無意識がさらに深いところでつながっていて、たくさんの生き物や自然現象の意識が「集合的無意識」としてつながっている。つまり、宇宙の意識を形成していると思えてきました。
子供の頃読んだ手塚治虫さんの漫画「ブッダ」にも、さまざまな命や意識が輪廻転生の中でつながっているという哲学・思想が流れていて、僕は子供ごごろに様々な生命のスケールや時間を超えたつながりの存在を感じていました。

今、オーストラリアでこの原稿を執筆しているのですが、アボリジニのアートを見ていたら、急にアボリジニの宇宙感が、今僕が掘り出そうとしている集合的無意識の宇宙感を表現したのではないかと思えてきました。
ちょっと考えがまとまらないのですが、なんだか興奮しています。
アボリジニの伝統的な哲学に関しては、日本で書籍を読んでもう少し勉強しようと思います。

意識が信号の循環であるならば、信号の循環と循環が渦が干渉し合うように影響し合うこともあるかもしれない。この複数の意識が少しずつ重なるということが、集合的無意識のつながりの、システム的な解釈です。

集合的無意識のつながりが意識の高いレベルまで及び、個々の自我が壊れてしまう症状、それが臨床医学で言うところの統合失調症であるのだろうというのが、僕の意識の工学からみた解釈です。
また、眠って夢を見ている時や、臨死体験のような特殊な脳の活動状態では、集合的無意識はおそらく表出しやすく、人は意識に集合的無意識のつながりを反映しやすくなっているのかもしれません。

(つづく)

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2018年3月10日 (土曜日)

連載: 私たちを科学する(4)

◼️閑話休題

今、統合失調症に関する本を読んでいます。
読んでいると、自分の性格が詳細に書かれていて、ぴったり当てはまってむしろ爽快だった。うーむ。

統合失調症も意識・認知心理学の部分と密接に関わってくるので、この連載は統合失調症の自我障害に適当に理由づけしているだけなのかもしれません。

でも吐き出すことに意味がある。
悶々と独りでこんなことを考えていたら、本当に病気になっちゃいますから。
早く次の原稿を書いて、テニスしたり、音楽楽しんだりしようっと。

次回は、ユング心理学の集合的無意識と幾人もの意識の連動について書きます。

(つづく)

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2018年3月 8日 (木曜日)

連載: 私たちを科学する(3)

◼️意識と量子力学

人の意識が、脳内のDefault Mode Networkを流れる信号らしいと言う話を紹介し、地球や宇宙のような複雑なシステムには意識は宿るのだろうか、という素朴な疑問を提起しました。

もう一つ意識に関して、不思議な話を紹介します。
それは、量子力学における「観測」の効果です。

とても微小な世界を記述する量子力学では、物の状態が重ね合わせで表現されます。物が「黒か白か」でなく、「80%の確率で黒」のように黒と白が重なった状態で表現されています。しかし、蓋を開けると、黒か白のどちらかに決まります。
いつ決まるのかというと、それは見た瞬間に決まるのです。観測が結果を収束させます。
ちょっと飛躍した言い方をすると、意識が重ね合わせの中身を知ると、宇宙の黒と白が決定されるのです。

あなたの意識が何かを知った時、その効果で宇宙の何かが決まっているとしたら、すごいことですね。

実はこの話に、同様な不可思議を感じた著名な芸術家がいるようです。
だれでしょう。有名な人です。

僕はサルバドール=ダリが、意識の量子論にインスピレーションを得て作品を残したのではないかと感じています。ぐにゃぐにゃになった時計とか、不思議な世界を描いたあの髭のおじさんです。
ダリが活躍した時代には、最先端の科学としてフロイトの無意識の心理学とか、核物理学=量子力学の世界が発展しました。
アーティストは様々な事柄から刺激やインスピレーションをもらっていると思いますが、ダリの描く心理学と量子力学の混じった世界は、遠いようで内側の風景のように僕には感じられます。

(つづく)

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2018年3月 6日 (火曜日)

連載: 私たちを科学する(2)

◼️AIは意識を持つか

脳内のDefault Mode Networkに循環して走る電気信号が、私たちの意識の正体であると書きました。
ではコンピューターのCPU内を循環する電気信号にも、意識は宿るのでしょうか?最近話題の人工知能(AI)は意識を持つのでしょうか?

現在使われているコンピューターのCPUは64bitなので、脳の1000億の神経細胞のネットワークに比べると微々たる複雑性で、人間の脳に比べたら単細胞生物に満たないかもしれません。とはいっても、単細胞生物にも食欲のような単純な意識ならば宿ります。

2018年1月に、AI美学研究会というアーティストのグループが沖縄で展示会を開きました。
ここでアーティストが挑戦したのが、AIは美意識を持つことができるかという課題です。
展示は、次の4象限からなります。
1-1 人間の美意識を、人間が表現した作品 = これまでのアート
1-2 人間の美意識を、機械が表現したアート = 人間のアート作品をAIに参考として学習させ、機械がアレンジしてアート作品に仕上げている
2-1 機械の美意識を、人間が表現したアート = AIチャットボットのたわ言のようなエッセンスを、人間が真面目にアート作品として体裁を整えて作品に仕上げている
2-2 機械の美意識を、機械が表現したアート = AIの美意識を機械の美意識だけで表現した作品

僕はこれまでにアートを見る時、面白いと感じたりする時は、制作したアーティストの心を覗くように心がけました。子どもの絵を見る時に子どもの心を観るように、アーティストの人生を重ねて製作者の心を覗くようにしました。現代アートはこの鑑賞の仕方が通用しないことがあるのですが、そのような時はこちらが共感したり面白いと感じる気持ちを大切にしています。
機械の美意識を同様の視点で鑑賞した場合、AIの美意識には心が宿っていると言えるのでしょうか?いえ、現在のAIに心はありません。そういう意味で美意識では無いと私は思います。
AIが美意識を持つかという、いわゆるシンギュラリティへの挑戦が、 AI美学研究会のスタンスのようです。

◼️自律した情報の流れ

ちょっと話がそれますが、Default Mode Networkでの神経細胞の発火のように、ある範囲内で自律した情報活動を繰り広げているシステムについて、思いを巡らせてみましょう。
このような自律した情報システムには、どんな物が挙げられるでしょうか?

生物の脳内の神経伝達
パソコンのCPUに流れる電気信号
人の体内にホリスティックにやりとりされる情報伝達
組織・社会内を循環する経済の流れ
世界中のインターネットで交わされる情報
地球上の気象・水の循環、地球そのもの(GAIA仮説)
銀河の中の星の一生、宇宙での物質の循環
・・・

情報伝達のタイムスケールこそ異なるものの、充分に複雑なシステムです。これらには、意識のような存在は生まれないのでしょうか?

(不定期につづく)

参考文献(まだ積ん読)
・誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性, 田中潤・松本健太郎, 光文社新書

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2018年3月 4日 (日曜日)

連載: 私たちを科学する(1)

これまでの勉強の中で自分の中に培ってきた哲学を、論文に起こします。
自身で行った基礎研究というより、世の中の研究への評論であったり感想であったりするので、専門的な学会にレビューする前に、ここに連載して世間の反応を見ようと思います。

ブログの日記も書き連ねて行きますので、過去の連載が埋もれていってしまいますが、カテゴリーを「Science of Ourselves」に設定しておきますので、このカテゴリーをクリックして読んで頂ければ、連載を通してお読みになれる仕組みになっております。


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◼️意識の正体

私とは誰か。今私とは誰かと考えている「私」はどこにいるのか。脳科学が発展して、人の意識や心について、いくつかの知見が得られるようになってきました。脳科学についての書籍やレビューも多く世間に流布されるようになり、脳の神経細胞に走る電気信号が我々の思考を形作っているということが、常識になっています。
では、私とは神経細胞なのでしょうか?私が私を見る時、正体は神経細胞なのでしょうか?それとも、私とは電気信号なのでしょうか?もし電気信号に命が宿るならば、路上の送電線にも命が宿ることはあるのでしょうか?
私を私と考えている人の意識とは何かを考える学問を、サイエンスでは認知心理学と呼びます。その世界をのぞくと、思想はこのような禅問答から端を発しています。

最近になって脳の内部の働きを可視化できるようになり、我々がどんなことを考えているときに、脳のどの箇所が働いているのか分かるようになってきています。
人の顔を見たときには、特定の場所の脳神経に電気が走っています。また人の顔を見て感情を抱いた時も、特定の場所の脳神経に電気が走っています。しかし、見た顔が妻の顔だと分かる私はどこにいるのでしょう?そして妻の顔を見て安心した気持ちを抱いた私はどこにいるのでしょう?

人はぼーっとしている時でも、脳が活発に働いているそうです。眠っている時に夢を見るのも、睡眠中に脳が休止していないことを証明しています。
人が普段意識できている脳の活動は、全体の1%程度。残りの99%の活動は何に使われているのでしょうか?
ある研究で、瞑想をしている時の脳活動が測定されました。
背筋を伸ばして、腰を据えて座り、深い呼吸に集中する。しばらく、呼吸だけを意識していると、様々な雑念が浮かんできます。その雑念を、「ああこんな事が浮かんできた」と客観的に傍観しながら、再び呼吸に集中する。このような瞑想を観察瞑想と呼ぶそうです。
この観察瞑想をしている時の脳活動を測定していくうちに、人がぼーっとしている時の脳の活動が可視化されました。
この何も考えていない時の脳活動は、Default Mode Networkと呼ばれ、エンジンならアイドリングのような脳細胞の信号のリレーです。
私はこの何も考えないぼーっといている時の脳活動: Default Mode Networkこそ、我々の意識の正体なのではないか、そう考えています。
私の意識とは、無意識に循環する信号のリレーなのです。

(つづく)


参考文献
・疲れない脳をつくる生活習慣, 石川善樹, プレジデント社

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